SYU'S WORKSHOP
ESSAY VOL.102
「見えない生物バイトン」
について

(2009年6月6日)


「ラッセル」の「見えない生物バイトン」。
私が生まれて初めて読んだSF小説でした。
小学校の2年生の時です。

作者の「エリック・フランク・ラッセル」は20世紀半ばに、イギリスで活躍したSF作家です。
「見えない生物バイトン」は1943年に発表された作品で、「超生命ヴァイトン(Sinister Barrier)」というタイトルで、大人向けにも出版されています。
私が読んだのは「講談社」から出ている子供向け、「世界の科学名作シリーズ5」の事でした。
初版発行は「昭和40年(1965)7月4日」。
訳者はあの「矢野徹」です。


小学2年生で「SF」を読むのが早いのか遅いのかは判りません。
小学校低学年なら、まだまだ「絵本」や「童話」を読んでいる様な気もしますし、ませた子供なら「SF」はもちろん「推理小説」も読んでる気もします。
いや、「童話」か「SF」かは問題ではなく、いつ自分から本を読むようになったのかが、問題なのかも知れません。

私が本を読むようになったのにも理由がありました。


私が通っていた小学校の近くに大きな池があり、そこは公園になっていたのですが、その池の畔に区立の大きな図書館があったのです。
「大きな図書館」と書きましたが、それは小学生の私が感じた事で、大きくなってから行ってみるとそこは小さな図書館でした。
でも私にはとても巨大に見えたのでした。

小学2年生の時、初めて図書館に入った私は、あまりの本の多さに吃驚した事を覚えています。
街の本屋以外に、これだけ本が揃った場所を今まで見た事がなかったです。
「ここに来れば世の中にある『全ての本』が読めるんだ!」と私は興奮したのです。
幻想作家の「ホルヘ・ルイス・ボルヘス」に「バベルの図書館」という有名な短編小説があります。
そこには古今東西、遙か太古から未来まで、全ての本が揃っているのです。
私はその地元の小さな図書館に、それを感じたのでした。


それから私は学校が終わってから、頻繁にその図書館へ通う事になりました。
小学校から図書館まで歩いて5分もかかりませんでした。
2階建ての建物の1階が絵本や児童書などの「幼児・子供コーナー」で、2階が新聞や一般書籍の「青年・大人用コーナー」となっていました。
1階の別の場所には「軽食コーナー」もあり、簡単な「おかずパン」や飲み物が置いてありました。
私はそこで時々、「やきそばパン」を食い「コーヒー牛乳」を飲みました。
小学2年生のたまの「贅沢」でした。
図書館にいて本を読む事はあまりせず、本を借りたら速攻で家に帰りました。
家で熱中して本を読みたかったのです。


小学2年生の私が、いわゆる「世界の名作物語」や「偉人たちの伝記」ではなく、「SF」に嵌ってしまったのにも理由があります。
一つは「世界の名作物語」や「偉人たちの伝記」などが「学校推薦図書」に指定されていた事です。
昔から「天の邪鬼」の私は、人に薦められ事には決して近づかなかったのです。
二つ目は私が昔から「不思議な話」「変な話」が好きだった事です。
子供の頃から、漫画雑誌に特集している「世界の七不思議」や「世界の怪奇現象」などの読み物が大好きでした。
当時TVでやっていた海外ドラマの「ミステリーゾーン」や「アウターリミッツ」も大好きな番組でした。
私は「真っ当な話」より「不思議な話」、「実際の話」より「架空の話」が大好きだったのです。

「世界の名作物語」には興味がなく、読まなかったのですが、それでも「児童文学」には少し嵌りました。
「ジュブナイル」です。
「ケストナー」の「エミールと探偵たち」や、「ガネット」の「エルマーと竜」、「リンドグレーン」の「名探偵カッレくん」や、「後藤竜二」の「大地は天使でいっぱいだ」等は今でも大好きな小説です。
これはよく考えると、単に「SF好きでミステリー好き。ファンタジー好きで幻想小説好き」という、今、大人になっても続いている私の嗜好が、「子供の頃から好きだった」というだけなのかも知れません。


話を「見えない生物バイトン」に戻します。
物語はこうです。



2015年5月(原作が発表された1943年からすれば未来の話)。
世界中の高名な科学者たちが謎の自殺を遂げる。

最初はスウェーデンの科学者の「ペーデル・ビョルセン教授」。
死因は心臓発作。彼は2003年の学会で異常な論文を発表し、以来、学者仲間の笑い者となっていた。
続いてイギリスの「シェルダン博士」。死因は心臓停止。
三人目はドイツの「ルーサー博士」。心肺停止。
四人目はニューヨークの「メイヨ博士」。彼は自ら超高層ビルから投身自殺したのだった。

事件に興味を持ったマンハッタン銀行24階にある「特別財務局」に勤める「ビル・グレアム」は、偶然知り合った「アート・ウォール警部」と共に調査に乗り出す。

五人目はマンハッタンの物理学者「アービン・ウェップ教授」。
彼は心臓発作で死ぬ直前、誰もいない部屋の隅に向かってピストルを数発撃っていた。
六人目は同じマンハッタンの物理学者「デーキン教授」。
有名な「デーキン式立体写真計」の発明者だったが、高速道路事故で死亡した。
七人目はブルックリンの眼科医「リード博士」。
突然走るトラックに飛び込み即死。
彼の死体には左足に腰から膝まで「ヨードチンキ」が塗られていた・・・。

事件を追いかけていた「ビル・グレアム」と「アート・ウォール警部」は、有史以前より密かに人類に「寄生」していた不可視の生物「バイトン」の存在を知る。
彼らは「エネルギー生命体」で赤外線より長い波長のため、人の目には見えないのだった。
直径1メートルの球体で、その数は数億匹にも及んでいた。
彼らは人間を「家畜」として、人の「恐れ」や「怒り」などの「感情」を喰っていたのだ。
「人類がこの地球の主人ではないのか」。
「バイトン」の好物「恐れ」や「怒り」も、「バイトン」が人に生み出していたモノだった。
太古から人より高級な生き物がこの地球を支配していたのだ。

不可視の「バイトン」を見るためには、「ヨードチンキ」「メスカリン」「メチレンブルー」の「共同薬」を服用しなければならなかった。
連続事件とは、その秘密を知った科学者が次々と「バイトン」に殺されていたのだ。
さらにアイダホ州「シルバーシティ」のフィルム工場で「バイトン」を写真に写した「ウェッブ教授」が、3万人の街ごと吹き飛ばされてしまう。
彼は波長の長い電磁波をフィルムに定着させる研究をしていた。

こうして「バイトン」と人類の全面戦争が始まった・・・。

「バイトン」は人の心を読み、人を洗脳する力を持っていた。
「アジア軍」を洗脳した「バイトン」は、西欧諸国へと進撃させる。
小さな太陽のマークを付けた「アジア軍」の捕虜は叫ぶ。
「我々は太陽の子だ。我々が死んだら小さな太陽になるんだ」。

人類が「バイトン」に対抗する術はないのか。
そんな時、物理学者の「ファーミロー教授」が新聞の冷蔵庫の広告に印を残し、死んでいるのが発見される。
広告には「北極熊」のイラストが描かれていた。
北極熊。ポーラ・ベア。
ポーラライゼーション・・・。
偏光作用・・・?
それは一体何を意味するのか。
果たして人類は「バイトン」を倒す事が出来るのだろうか。



これは昔から「人類家畜テーマ」と呼ばれるSFの一つのジャンルで、「見えない生物バイトン」はその嚆矢となった作品であります。

興味深いのは、劇中「お化けや幽霊、空飛ぶ円盤、神隠しなどの怪現象はみな昔からバイトンの仕業だった」としている事です。
さらに「バイトン」の起源を、「他宇宙からの侵略者」説と、「元々地球で生まれた生物で、人間の方こそバイトンが他の宇宙から連れて来た家畜の子孫だった」と二つ論じている事です。

また「苦しみ」や「憎しみ」など人の感情を喰べる「バイトン」を、「青く光る吸血鬼」と呼んでいるのも面白い事です。
これはまるで。
これはまるで、「コリン・ウィルソン」の「宇宙バンパイア(1976)」じゃありませんか!!
「見えない生物バイトン」は私の大好きな「吸血鬼モノ」のSF版でもあったのです。

劇中、見えない「バイトン」を見るため、「ヨードチンキ」「メスカリン」「メチレンブルー」を微妙に配合し、それを「点眼」するのですが、これを私は「ヨードチンキ」すなわち「赤チン」を目に足らすと長い事思っていました。
「そりゃ死ぬほど滲みるだろうなあ・・・」と想像していたのです。


主人公「ビル・グレアム」は後にアメリカ大統領から国家秘密情報部員へ任命されます。
彼は「対バイトン戦」のリーダーとなるのです。
「バイトン」の弱点を探るため、生き残った科学者を「8つのグループ」に分け、それぞれ互いに知らない場所に移動させ、密かに研究を続けさせるってのも、とても格好良いのであります。
これは人の心を読む「バイトン」から身を守るためでした。

「教授が残した冷蔵庫の広告イラスト」や、「何故かバイトンが寄ってこない精神病院の低周波治療器」など、「バイトンの弱点」を暗示する謎も、とても魅力的でワクワクしたのでした。

私が読んだ子供向けには、所々に挿し絵が描かれ、各章の頭には「サブタイトル」が付けられていました。
これも格好良かったのです。
こんな感じです。


【第一部】
わたしはきっところされる
ヨードチンキのなぞ
高速道路の死
はらの中にいぬが
トラックにとびこんだ男
なぞの薬品
情報部員グレアム
原子爆発か
小さな太陽
見えない生物
バイトンをみつけろ

【第二部】
大統領の演説
アジア軍の攻撃
たすけて、バイトンだ
超短波はきかない?
なぞの電話
雲の上の超手術
魔法のスプーン
大佐の死
大統領の命令
北極ぐま作戦
八つのグループ
ヘティの秘密
悲劇の0.5センチ波
運命の瞬間
ミス・サマリタン病院

「はらの中にいぬが」など、今読んでもとても興味を引く「サブタイトル」だと思います。
これは「バイトン」によって頭の中を弄られ、「狂人」にされてしまう人のエピソードでした。


私はこの手の「展開」をするSFが大好きです。
それは、まず身近な所で「謎の事件」が連続し、「その謎を追って行く」につれ「意外な真相」が判明し、それが世界的な「大事件」になっていく、というモノです。
そして、「大事件」解決のため科学者たちの英知が結集し、それでも二転三転がありつつ、最後には「大団円」が待っている、というモノです。
もちろん、SFは全てこのパターンばかりではありませんが、私がこの「展開」が好きなのは、最初に読んだSFが「見えない生物バイトン」だったために違いありません。
私が好きな昔の「東宝SF映画」も、皆このパターンでした。
「地球防衛軍(1957)」しかり、
「美女と液体人間(1958)」しかり、
「海底軍艦(1963)」しかり、であります。


最後、「バイトン」を撃破した主人公が語るセリフが、これまた決まっているのです。
ちょっと長くなりますが引用します。

「ハーモニー、この空の上には、たくさんの星がきらめいているんだ。
あそこにも、ぼくらのような人々がたくさんいるにちがいない。
バイトンさえいなければ、もっとはやく地球をおとずれてくれたかもしれない友だちがね。
地球はもう自由になったんだ・・・。人類はもう、バイトンのためにけんかしたり戦争したりしないでいいんだ。
ハーモニー、人類は、手をつないで宇宙へ出ていかれるんだよ・・・」。
(ハーモニーは主人公の恋人)



上の本は、大人になって古本屋で偶然見つけ、懐かしさのあまり思わず買ってしまった物です。
これは今でも私の大切な宝物となりました。

本の最後には、シリーズの広告も載っていました。


「世界の科学名作シリーズ 全15巻」
1)「少年火星探検隊」 イーラム作・白木茂訳。
2)「星雲からきた少年」 ジョーンズ作・福島正実訳。
3)「地球さいごの日」 ワイリー作・亀山龍樹訳。
4)「宇宙探検220日」 マルチノフ作・木村浩訳。
5)「見えない生物バイトン」 ラッセル作・矢野徹訳。
6)「赤い惑星の少年」 ハインライン作・塩谷太郎訳。
7)「ロボット国ソラリア」 アシモフ作・内田庶訳。
8)「海底五万マイル」 アダモフ作・工藤精一郎訳。
9)「百万年後の世界」 ハミルトン作・野田宏一郎訳。
10)「宇宙戦争」 ハインライン作・塩谷太郎訳。
11)「狂った世界」 ベリャーエフ作・袋一平訳。
12)「ロボット星のなぞ」 カポン作・亀山龍樹訳。
13)「未来への旅」 ハインライン作・福島正実訳。
14)「ハンス月世界へいく」 ガイル作・植田敏郎訳。
15)「なぞの惑星X」 ライト作・内田庶訳。


内容はほとんど忘れてしまいましたが、タイトルは今でも懐かしく覚えています。
私はこのシリーズを全部、確かに「夢中になって」読んでいるのです。
後付を見ると、定価は全て「290円」。

安かったなあ。
安かったけど、どの本も私に大きな夢を与えてくれたのでした。




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