SYU'S WORKSHOP
ESSAY VOL.122
「居酒屋超特急」
について

(2010年7月31日)


新幹線に「N700系」どころか「300系」も「500系」もなく、全てがシンプルで格好良く、やがて来る明るい未来を感じさせる「0系」だけだった頃の話です。


当時私が勤めていた会社の後輩と一緒に、東京から大阪へ出張していたのです。
大阪で一泊、その帰りの新幹線での話。

私も後輩も酒が「大好き」で、新大阪駅で新幹線に乗る前に酒を「しこたま」買っておいたワケです。

後輩はワインボトルを1本。これは「カベルネ・ソーヴィニヨン」だったと思います。
私はサントリーの角瓶を1本。これは「白角」でした。
このサントリーの「白角」は今でも私の好きな酒なのです。
それに加え、互いに自分のための缶ビール500mlを2・3本買ったでしょうか。

新幹線は最終に乗りました。
大阪での仕事が終わって新大阪駅に着いたのは日没前、夕方だったのですが、そのまま新幹線には乗らず、しばらく駅ビルの中のレストランで夕食を取っていたのです。
その時から酒は飲み始めていました。
そして、気が付くと新幹線の最終になっていたのでした。
私も後輩も、翌日には東京で朝一から仕事があり、その日の内に帰らなきゃならなかったのです。

一泊だけの大阪出張でしたが、それが無事に終わり、私も後輩も安堵の息をつき、テンションが上がっていたのでしょう。

酒のツマミはゴーダやモッツァレラなどのチーズの盛り合わせ。
これは後輩が買ったワイン用です。
後はピーナッツやピスタチオなどのナッツ類。
これはビールや私の角瓶用です。

そして夜。
新幹線に乗るなり二次会が、いや本格的な酒宴が始まったのでした。

新大阪を出て京都を過ぎる頃には、ビールは全て飲み干していました。
梅田地下街のタコ焼きとお好み焼きソースの匂いが、遙か彼方へと過ぎ去って行きました。

京都を過ぎ名古屋を過ぎる頃には、ワインボトルを空けていました。
車内販売の「おたべ」が通り過ぎるのを横目で見ながら、最後の雫をボトルから絞り出そうとしていました。

私たちは酔っぱらって大騒ぎする様なタイプではなく、酒をグイグイと「尋常じゃないぐらい早いペース」で飲み続け「議論」、あ、いや、静かにお話に熱中するタイプなのでした。
ですから、新大阪から東京に着くまでに、周囲の他の乗客から苦情は一切出なかったのです。
多分。

土日の休日ではなく、平日での事です。
最終の上り新幹線に乗っているのは皆、出張に行くサラリーマンか、私らみたいな出張帰りのサラリーマンでした。
ですから、私らの他はほとんど眠りこけていましたし、もし、私らを見ている人がいても、「アイツら、もの凄いスピードで次から次へと酒飲んでいるけど、大丈夫かあ?」と心配するだけだったと思います。

名古屋を過ぎる頃からいよいよウィスキーの蓋を開け、最初はミネラルウォーターで割って飲んでいたのですが、それも無くなり、生(き)のまま飲み続けていきました。
川崎・横浜の奇麗な夜景が通り過ぎていくのを見つめつつ、白角からしたたり落ちる最後の琥珀を惜しむように眺めていた事を、今でも覚えています。


結局、新大阪から東京に着くまでに「缶ビール4・5本」「ワイン1本」「ウィスキー1本」を全部完璧に飲み干したのでした。


こうして私ら酔っぱらいのために、
その新幹線は「時速220キロで疾走する居酒屋」と化したのであります。
「わははは。やるき茶屋じゃないんだから」。


もう・・・ずいぶん昔の話でした。




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