SYU'S WORKSHOP
ESSAY VOL.124
「グリンピース」について

(2010年11月20日)


あなたの座ったテーブルに、瀬戸物の「蓋付きどんぶり」が運ばれて来ます。
ここは古くから地元にある定食屋。

一緒に出て来た味噌汁の具は、シンプルにワカメと賽の目に切った豆腐のみ。
小皿には薄く切った沢庵が二切れ乗っています。

あなたは目の前の「どんぶり」をしげしげと見つめ、「お。これは戦前の蓋物碗朱青金線枝葉蓋向付美濃焼じゃあるまいか。なワキゃないか。がはははは」などと思いつつ、その蓋を「カチャ」と持ちあげます。
持ちあげる際、蓋が「どんぶり」にくっついている様に感じたのは、中のご飯の水蒸気のせい。
ふわりと溢れ出した湯気も美味しそうです。
割り箸挿しからスッとひとつ割り箸を抜き取り、パチンと両手で勢いよく左右に割ります。
どちらかに偏るのではなく、今日は真ん中で上手に割れたので何か気分が良いあなた。
「シャッシャッシャ」と割り箸同士をシゴくのは、もはや習慣です。
あなたが頼んだのはカツ丼。
さて、ここで問題です。

そのカツ丼の上に「グリンピース」は乗っていましたか?

私は時々、この「グリンピースが乗ったカツ丼」が無性に食いたくなるのであります。



「お重」ではなく「どんぶり」で出て来たと言う事は、そこは決して「カツ専門店」ではありません。
そう「古くからある町の定食屋」なのです。
通りから覗けるショーウィンドウの蝋細工食品サンプルには、うっすらと埃が積もっているのです。
食品サンプルと一緒に、何故か「招き猫」か「福助」も飾ってあるのです。
もしくは大きな「小判」か、「王将」と書かれた大きな将棋の駒かな。

そもそも「重箱」で出てくる「カツ丼」いや「カツ重」には、「グリンピース」ではなく「三つ葉」が上品に乗っていたりするのです。
私が食いたいのはそんなんじゃなく、「グリンピースが乗ったカツ丼」なのです。


しかし「カツ丼」には「グリンピース」が乗る事が、まあ、多いのですが、何故か「天丼」には「グリンピース」が乗っている事は「絶対に」ないのでした。
「牛丼」も(これはたまに見かけますが)「グリンピース」は乗らないのです。

「天丼」や「牛丼」は「カツ丼」よりも「上位機種」だと偉ぶっているのでしょうか?
「グリンピースなんて下世話な物は乗せない」と驕っているのでしょうか?
私は「天丼」も「牛丼」も大好きなので、もし彼らがそんな勘違いをしているのなら、これはとても悲しい事態です。
そもそも誰が「グリンピースは下世話」だと決めたのでしょうか?
あ、私が言ったのか。


どうやら世の中には、「グリンピース」が乗っても良いモノと、良くないモノがあるらしいのでした。


「グリンピースが乗っているカツ丼」がある様な「大衆食堂」では、得てして「カレーライス」にも「グリンピース」が乗っている様な気がします。
また、学生街の喫茶店で出てくる「ナポリタン」や「ミートソース」にも「グリンピース」は乗っている様な気がします。
例えば、「スパイスの利いたインド料理屋」や「フォン・ド・ヴォー仕上げの洋食屋」の「カレーライス」には「グリンピース」は乗らないのでした。
同様「パスタ専門店」や「イタメシ屋」の「ナポリタン」(そもそもそんな店ではナポリタンはないか)や「ミートソース」(これもそんな店ではボロネーゼと呼ぶのかな)にも、「グリンピース」は乗らないのでした。

こうして見ると「グリンピース」が乗るかどうかは、食堂で出てくるか専門店で出てくるかの違いなのかも知れません。
「大衆」か「専門」、「B級」か「本格」、「安い」か「高い」か。


ひとつはその通りなのでしょう。


大衆食堂の「カツ丼」には「グリンピース」が乗ってきますが、カツ専門店の「カツ重」には「三つ葉」が乗っています。
大衆食堂の「カレーライス」には「グリンピース」が乗っていますが、カレー専門店の「カレーライス」には「ピクルス」や「レーズン」が付け合わせで出て来ます。
大衆食堂の「ミートソース」には「グリンピース」が乗ってきますが、パスタ専門店の「ボロネーゼ」には「イタリアンパセリ」が乗っているのです。

もちろん、「カツ丼」「カレーライス」「スパゲッティ」に「グリンピース」が乗るかどうかは、「大衆」「専門」の違いだけで決められるワケでもないのでしょう。
例えば、「ソースカツ丼」「味噌カツ丼」には「グリンピース」なんて乗りません。
例えば、「チーズカレー」や肉主体の「ビーフカレー」「マトンカレー」にも「グリンピース」は乗りません。
例えば、「ペペロンチーノ」「ボンゴレ」「カルボナーラ」に「グリンピース」が乗る事も無いのです。

それらの場合、得てして「味噌カツ丼」には「九条葱」が、「マトンカレー」には「コリアンダー」が、「カルボナーラ」には「レモンバジル」等が乗っているのであります。
これら「香草」の持つ意味は、強い個性を持つ料理の香りに対する「カウンターウェポン」なのでしょう。
この場合「グリンピース」では「力不足」なのです。


もうひとつの「グリンピース」が乗る意味は「彩り」でしょう。

ご存じの様に「グリンピース」は比較的「無味無臭」の野菜です。
「九条葱」「コリアンダー」「バジル」等の「香りのカウンターウェポン」の役割は「グリンピース」にはありません。
しかし彼らは「香りのカウンターウェポン」と共に、無力な盟友「グリンピース」の代わりに「彩り」の役目も果たしているのです。

「グリンピース」は「カツ」「カレー」「ミートソース」等の赤茶色の補色「緑」を添える事により、料理全体としての色味のバランスを取っているのです。
暖色系は料理を美味しそうに見せ、寒色系は不味そうに見せるとは昔から言われていますが、その寒色系の「緑」が(正確には中性色ですが)、「カツ」「カレー」「ミートソース」の暖色系の「赤茶」を引き立て、料理を美味しそうに見せる役に立っているのでしょう。

さらに「クリームシチュー」や「炒飯」、「ポテトサラダ」に点在する「グリンピース」には、「全体が単調」に見える料理に、グリンピースの「緑」を散らす事で均一化を避け、深みを持たせる効果も持っているのでしょう。
これは第二次世界大戦のドイツ戦車「光と影迷彩」の中に、「明るい色のドット」を散らすのと同様の理屈です(嘘)。

そういう意味から、最初から様々な色の食材で作られる「中華丼」や「ピザ」に「グリンピース」が入る事はないのです。


この様に「グリンピース」の意味は、1)「大衆」2)「彩り」が挙げられますが、最後にもうひとつ、3)「食感」も考えられます。
「グリンピース」、食材の癖に「食感」が最後に挙がるというのも可哀想なヤツです。

「グリンピース」は「挽肉」と合うのです。

「ミートソース」に「グリンピース」が乗るのは、「大衆」「彩り」の目的と共に挽肉と合う「食感」を持っているからなのです。
挽肉の中の「グリンピース」が持つ、ちょっと青臭く「コロッ」とした食感はとても良いバランスだと思います。
「キーマカレー」や「焼売」に「グリンピース」が合うのは、そのためであります。

ん?
・・・。
でも「坦々麺」や「ジャージャー麺」、「小籠包」「肉まん」には「グリンピース」は乗っていないなあ・・・。
何でかなあ。
なんて事を言いつつ、



私は「グリンピースが乗ったカツ丼」同様、「グリンピースが乗った天津丼」「グリンピースが乗ったカニ玉丼」も、時々、無性に食いたくなるのでした。
じゃ私が「グリンピース」が大好きかと言うと・・・。
そうでもないのです。

冷凍食品の「ミックスベジタブル」も「豆ご飯」も、第一「グリンピース」自体、別に好きでもないしなあ。

子供の頃、素麺の中に数本だけ入った「ピンクや緑」の麺が大好きだった事と、何か関係があるのかな?
それとも、単に「B級グルメ好き」って事なのかな?




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