SYU'S WORKSHOP
ESSAY VOL.150
「我が愛しのシャーロック・ホームズ(10)」
について

(2013年11月2日)


聖職者であり推理作家、そして黎明期のシャーロキアンである「ロナルド・A・ノックス(1888〜1957)」によれば、
ホームズ物語には「11個の要素」があるといいます。
すなわち、

【1.導入】物語のプロローグです。
お馴染みのベイカー街の一室から話が始まり、ホームズの性格描写、時には彼の超越した「推理力」が披露されます。
例えば「ワトスン、君はここに来る前に郵便局に・・・」と言ったヤツです。
【2.説明】最初の説明で、依頼人が登場し事件の概要を説明します。
【3.検分】ホームズの調査開始です。ここで有名な「ホームズの四つん這い」が見られたりします。
【4.主張】現場での警察官の説に、ホームズが冷ややかに反論します。
【5.仄めかし】警察にいくつかヒントを与えますが、警官は決して受け入れようとしません。
【6.二番目の仄めかし】ワトスンに対してのみ、捜査の本筋を臭わせます。
※この「4.5.6.」は無い場合もあります。
【7.調査】犯人の痕跡を追ったり、関係者に聞き回ったり、文献を読み漁ったり、犯人の性格を調べたりします。
変装して聞き込みするのもこの時です。
【8.認識】犯人の逮捕、或いは犯人の正体が判ります。
【9.二番目の説明】つまり、犯人自身の告白です。
【10.解説】何が手掛かりだったのか、それをホームズがどのようにして辿ったのかが述べられます。
【11.閉幕】物語のエピローグです。
格言や有名な作家の引用、ホームズ自身が名台詞を残します。

であります。

と言うワケで・・・。
今回もホームズのパスティーシュ、パロディ小説の話です。



「シャーロック・ホームズ ベイカー街の幽霊」
「ジョン・L・ブリーン」他。「日暮雅道」訳。
原書房。

以前にも紹介した事がある「シャーロック・ホームズ クリスマスの依頼人」「シャーロック・ホームズ 四人目の賢者」「シャーロック・ホームズ ベイカー街の殺人」「シャーロック・ホームズ ワトスンの災厄」に続く、5冊目の原書房のホームズ・パスティーシュ集です。

収録されているのは、
ローレン・D・エスルマン「悪魔とシャーロック・ホームズ」、ジョン・L・ブリーン「司書の幽霊事件」、ギリアン・リンスコット「死んだオランウータンの事件」、キャロリン・ウィート「ドルリー・レーン劇場の醜聞、あるいは吸血鬼の落とし戸事件」、H・ポール・ジェファーズ「ミイラの呪い」、コリン・ブルース「イースト・エンドの死」、ポーラ・コーエン「”夜中の犬”の冒険」、ダニエル・スタシャワー「セルデンの物語」、ビル・クライダー「セント・マリルボーンの墓荒し」、マイケル&クレアブレスナック「クール・パークの不思議な事件」、ケイレブ・カー「『確かに分析的才能はちょっとしたものだ』」、バーバラ・ローデン「『幽霊まで相手にしちゃいられない』か?」、ローレン・D・エスルマン「ホームズとのチェネリング」
の13作品です。
尤も、最後の3つはエッセイですが。

正典「エセックスの吸血鬼」の中で、合理主義者のホームズは「幽霊まで相手にしちゃいられない」と言っています。
それが反対に「ホームズと幽霊話」の創作意欲を、シャーロキアンたちに抱かせるのでしょう。

訳者の「日暮雅道」によれば、このジャンルは大きく、
1)超自然的存在など無かったという「現実的解決」に終わるもの。
2)現実的な解決に終わるが、ラストで超自然の存在を匂わせるもの。
3)完全に超自然的存在が出てきて解決がないもの。
の三つに分けられると言います。

1)は正典にも「バスカヴィル家の犬」や「まだらの紐」等の傑作がありますので、敢えてパスティーシュ作家が作らずとも良い様に思います。
と言って、3)まで行くと「ホームズ物語」から離れて行ってしまいます。
間を取った2)が一番良いのではないでしょうか。

私が面白かったのは、盲目の少女の窮地を助けに来る、殺された愛犬ロビィの話「”夜中の犬”の冒険」と、正典「バスカヴィル家の犬」の番外編とも言える「セルデンの物語」でしょうか。

本書は「正統的なホームズ・パスティーシュ好き」にはお薦めだと思います。



「シャーロック・ホームズ 七つの挑戦」
「エンリコ・ソリト」著。「天野泰明」訳。
国書刊行会。

作者の「エンリコ・ソリト」はイタリア人の医者で、作家でシャーロキアンだそうです。
となると当然、ホームズ・パスティーシュを書いちゃうのです。

本作は「イタリア、フィレンツェ近郊で開業する医師エンリコ・ソリトが、ワトスン医師の遠い従姉妹が亡くなった後、ホームズの未公開記録を譲り受けた」、という設定のパスティーシュ集になっています。
ここには7つの作品が収録されています。
すなわち、

ベイカー街不正規隊「シドニー」が依頼した事件と、彼の幼い弟のその後を描く「十三番目の扉の冒険」、
イタリア滞在中のマーク・トウェインの現金盗難事件と、ドイツ人スパイの「予定されていた犠牲者の冒険」、
大臣や議院があつまる高級レストランの不可解な事件と、ロシア人スパイの「『パラドール議院』事件」、
高名な外科医の謎の自殺を描く「正しかった診断」、
トラファルガー広場で刺殺されたイタリアのギリシャ文学教授と、イングランド銀行強盗事件の「シャーロック・ホームズと十二夜」、
名門サー・マサイアス・グルーヴィ毒殺事件と彼のチェス盤の「チェス・プレイヤーの謎」、
1910年3月サセックスで隠遁生活を送るホームズに舞い込んだ歴史的な事件の「ピルトダウン人」、

であります。

シャーロキアンらしく、様々なホームズ蘊蓄や19世紀末蘊蓄が盛り込まれたパスティーシュ集になっています。
ホームズの兄マイクロフトが絡んでくる「国際陰謀モノ」が多すぎる気がしますが、それは作者の好みなのでしょう。
最も、ホームズの19世紀は世界各国の権謀術策入り乱れた時代であったのも事実でした。
正典にも「ドイツのスパイ」や「イタリアの過激派」、「アメリカの秘密結社」が絡む話が多いのですから。

本書は「イタリア人作家のホームズ・パスティーシュが読みたい」という方にお薦めかも知れません。



「シャーロック・ホームズと賢者の石」
「五十嵐貴久」著。
光文社。

本パスティーシュ集には、
「彼が死んだ理由ーーライヘンバッハの真実」、
「最強の男ーーバリツの真実」、
「賢者の石ーー引退後の真実」、
「英国公使館の謎ーー半年間の空白の真実」、
の4作品が収録されています。
最後に「日暮雅道」による「ホームズ・パロディ/パスティーシュの華麗なる世界」という読み応えのあるエッセイが入っています。

ホームズは1891年の春、スイスのライヘンバッハで宿敵モリアーティ教授と格闘の末、滝壺に墜落し死んだ事になっていますが、「彼が死んだ理由」は、その真実を語る物語です。
「最強の男」は、ホームズが得意としていた「バリツ」という格闘技は実はブラジルの「バーリ・トゥード」の事で、その技の伝承者が・・・、という物語です。
「賢者の石」は、引退後ニューヨークで休養中のホームズとワトスンの元に、中世史の大学教授「ヘンリー・ジョーンズ」が、「息子を助けて欲しい」と訪ねてくる話です。
「英国公使館の謎」は日本が舞台。明治二十二年、東京飯田町の英国公使館で起こる日本人娼婦の惨殺事件を描いています。

パスティーシュ集と書きましたが、本著はパロディ集なのかも知れません。
「正典で残された話は実は・・・」とか「ホームズはこんな人と出会っていたのだ」とか、正典の世界観やキャラクターを尊重するよりも、少々「奇をてらった」アイディア優先の話が多いからです。

本作品での「その結果消火作業が遅れて、ヘンリエッタ街一帯が大火事になってしまったが、なに、イギリス全土の危機に比べればどうということもない」とか「戦争という大罪の前に、(少年の)窃盗もなにもないでしょう。大事の前の小事です」と言うホームズには、私はついていけませんでした。

ホームズは「イギリス全土の危機」や「戦争という大罪」などには興味が無く、反対に「ヘンリエッタ街の大火事」や「(少年の)窃盗」の方にこそ「心を砕く人だ」と私は思うのです。

日暮雅道のエッセイはとても興味深く面白いモノでした。
(これに関しては、本エッセイの最後で触れます)

本作は「ここ数年の日本のホームズ・パスティーシュ」に興味のある方には、面白いかも知れません。



「深夜の弁明」
「清水義範」著。
実業之日本社。

17編の短編からなる「ユーモア小説」で、作品は以下の通りです。

「喋るな」、「乱心ディスプレイ」、「茶の間の声」、「百字の男」、「よく知っている」、「超実践的犯罪論」、「黄色い自転車」、「岬の恋人」、「浮かばれない男たち」、「シャーロック・ホームズの口寄せ」、「解説者たち」、「父より一言」、「コップの中の論戦」、「三流コピーライター養成講座」、「欠目戸街道を辿る」、「深夜の弁明」、「二十一世紀新小説応募作品」。

ホームズのパロディは「シャーロック・ホームズの口寄せ」の一篇のみでしたが、不勉強な私は今まで「清水義範」を読んだ事がなく、良い機会だと思って全部読破したのでした。

「シャーロック・ホームズの口寄せ」は、青山のマンションに住む「フリーのイタコ」の部屋でテレビ番組のため、ホームズの霊を降ろすという話でした。
「ホームズと降霊術」をテーマにしたパスティーシュ・パロディは珍しいモノではなく、過去に幾つか読んだ事がありました。
それは後年の「コナン・ドイル」が、実際に降霊術にのめり込んだ事と関係があるのでしょう。

目当ての作品「シャーロック・ホームズの口寄せ」は別段面白いモノではなかったのですが、始めて読んだ「清水義範」が、私の好きな昔の「筒井康隆」に似ていて、ちょっと気になったのでした。
大人しい「筒井康隆」、品の良い「筒井康隆」、自制の効いた「筒井康隆」って感じでしょうか。

ホームズ物ではないけども、嘘八百のデタラメ架空紀行エッセイ「欠目戸(けつめど)街道を辿る」が面白かったのでした。
私は昔から、この手の「嘘八百のデタラメ架空紀行エッセイ」を自分でも時々、空想・妄想しているのでした。

本作は「ホームズの日本のパスティーシュは全部読破するぞ!」という方にはお薦めかも知れません。



「屍者の帝国」
「伊藤計劃(けいかく)」×「円城塔」著。
河出書房新書。

本作はホームズ・パスティーシュではありません。
一応「ジョン・H・ワトスン(本作ではワトソン表記)」が主人公なのですが、ホームズと出会う前の話なのです。
ホームズは出てこず(最後に出てくるかなと私は思ったのですが)、最後は別の意外な人物が登場します。
また本作は「ミステリー」でもありません。どちらかと言うと「SF」なのかも知れません。
私は人に教えられて本書を読み始めたのです。
お話は、こうです。

私たちの知っている世界とはまた違う別の19世紀の物語。
そこでは死体の脳に人工的な「疑似霊素」を書き込む事で、「屍者」として蘇らせる事が可能になっていた。
いわゆる「フランケンシュタイン化」である。
彼ら「屍者」は馬車の御者や港湾、土木、炭坑の労働力として、或いは軍隊における「屍兵」として世界各国で使用されていた。
そんなおり、屍者の一団を引き連れ禁断の「屍者の王国」を築こうとする男が出現する。
しかも、彼の「屍者」には特殊な「疑似霊素」がインストールされ、誰も実現し得なかった「新型屍者」を完成させていた。
こうして、英国諜報機関の特命を受けた「ロンドン大学」の若き医学生「ジョン・H・ワトソン」は、その事件の真相を追う長い冒険の旅に出る・・・。

ヴィクター・フランケンシュタイン博士はもちろん、エイブラハム・ヴァン・ヘルシング教授、不気味の谷、クリミア戦争、アフガニスタン派遣軍、ピンカートン、ノーチラス号、アレクセイ・フョードロヴィチ・カラマーゾフ、ブラヴァツキー夫人、ナイチンゲール、ライプニッツ、レット・バトラー、バベッジの解析機関、イルミナティ、フリーメーソン、ビーグル号、ハンス・ギールケ、神々の黄昏、パリ万博、渋沢栄一、ウィリアム・シュワード・バロウズ、大陸横断鉄道、神智学、ジャーンの書、チャールズ・ダーウィン等々・・・、
博覧強記、絢爛豪華、19世紀のありとあらゆる蘊蓄を詰め込み(神智学系が多いかな?)物語は展開するのでした。

屍者の暴走とは?、ヴィクターの手記とは?そして星の智慧派とは?

似たような小説を上げるとすれば、「キム・ニューマン」の「ドラキュラ紀元(1992)」に、「ジョゼフ・コンラッド」の「闇の奥(1902)」、もしくは、コッポラの「地獄の黙示録(1979)」を入れた感じでしょうか。
「機動警察パトレイバー the Movie(1989)」も少し入っているかな。

早逝してしまった伊藤計劃の遺稿を元に、大長編として完成させたのが円城塔。
二人とも「SF系」で、劇中の「解析機関」の形容に「蒸気と電気の力によって思考を行う機械製の巨大な脳がそこにある」という文章から、本作は「スチーム・パンク」の匂いもさせています。

現実の人物や事件、架空の人物や事件が「湯水の様に」物語に絡む、大変読みにくい大長編なのですが、先に挙げた「ドラキュラ紀元」が好きな人には、お薦めかも知れません・・・。



と言うワケで今回はここまで。

日暮雅道の「ホームズ・パロディ/パスティーシュの華麗なる世界」によれば。
ホームズ・パスティーシュ、パロディは作られた時期・作者の動機によって、大きく四つに分かれるのだそうです。

第一期は、「始まりはやっかみか?(1890年代〜1920年代)」時代。
ホームズの「初パロディ」は、1891年11月に「ザ・スピーカー」に載った「シャーロック・ホームズの夕べ」だと言われています。
正典の連載開始から、わずか数ヶ月の事でした。
ホームズの大ヒットにより、他の作家たちが「あんなもん俺にも書けるもん」と半分妬みで真似た時代があったのです。
ある時はパスティーシュとして。ある時はパロディとして。ある時は「ホームズとワトスン」の名前を「訴えられない様に」少し変えて。

第二期は、「短編の黄金時代(1930年代〜1960年代)」。
ホームズの連載が終わり、作者「コナン・ドイル」が亡くなった時代です。
当時の作家「オーガスト・ダーレス(1909〜71)」が思った様に「ドイルの死でホームズ物語がもう書かれないと知った時、自分なりのホームズ物語を生み出したい」と、ホームズ・ファンだった作家たちが多くの傑作短編を書いたのです。
この時代は英米でホームズのファンクラブが出来た時代でもあり、有名なホームズ研究家たちも生み出しました。
また、正典の「語られざる事件」を描いた短編や、「ワトスンの未発表手記が発見された」という設定で長編も書かれたのです。

第三期は、「ニューウェーブとスピンオフ(1970年代〜1990年代)」時代。
「ワトスンの未発表手記」に「もし・・・だったら」という設定をプラスして、歴史上の著名人や架空の有名キャラクターと対決させる話が作られました。
これは「ニコラス・メイヤー」の「シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険(1974)」のヒットが良い契機になったのです。
同じ時代に生きていたホームズとフロイトが出会わないハズがなく、また誰しもそんな場面が読みたいと思ったのです。
従来の単純な模倣・贋作から、ホームズ・パスティーシュはニューウェーブに入ったのでした。
また、スピンオフ物として、「レストレイド警部」や「アイリン・アドラー」、「ベイカー街不正規隊」が主人公となるシリーズも作られました。
さらに、他の著名作家がホームズ・パスティーシュを書くとどうなるかという「二重のパスティーシュ」も生まれています。
「ミステリー作家なら一度はホームズ・パロディを書きたくなる」らしいのでした。

第四期は、「さらなる広がりか(2001年以降)」時代。
エンターティメント系だけではなく、純文学の作家もホームズ・パスティーシュを書き始めたといいます。
こうして、ホームズ・パスティーシュ、パロディはますます「浸透と拡散」を続けて行くのでした。
(以上〈ホームズ・パロディ/パスティーシュの華麗なる世界〉より、一部私の補足)


世に五万とあるホームズ・パスティーシュ、パロディ小説。
面白い作品もあるし、当然につまらない作品もあります(近年つまらないモノが多い様な)。
日暮雅道の分類を見ると、私が好きなのは「第二期」と「第三期」だという事が判ります。
今後、傑作と呼べるようなホームズ・パスティーシュ、パロディを読む事が出来るのでしょうか?

「きみも、見てはいるのだが、観察をしないのだよ。見るのと観察するのとではすっかりちがう」
(シャーロック・ホームズ ボヘミアの醜聞より)




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