SYU'S WORKSHOP
ESSAY VOL.168
「悪魔くん」について

(2015年12月19日)


そろそろ・・・「悪魔くん」について、書かなければなりません。
ま、書かねばならん事もないのですけども。



「悪魔くん」とは「水木しげる」の大昔の漫画で、テレビドラマにもなっていました。
「悪魔くん」には、大きく三つの作品があります。


1)1963年、
「東考社」の貸本漫画の「悪魔くん」。

これが一番最初の「悪魔くん」です。
「悪魔くん」は「貸本漫画」だったのです。
主人公は「松下一郎」。

これは私の模写ですので、似てなかったらごめんなさい。
以下、模写していきます。

2)1966〜67年、
「日本教育テレビ(現テレビ朝日)」で放送のTVドラマ「悪魔くん」。

まだテレビが「白黒放送」だった頃。
「テレビ朝日」が「日本教育テレビ」と呼ばれていた頃。
少年マガジン版を原作に、ほとんどTVオリジナルな話が展開していました。
主人公は「山田真吾」。

この絵の「悪魔召喚ポーズ」は当時とても流行りました。

3)1966〜67年、
「週刊少年マガジン」で連載された「悪魔くん」。

一応、TVドラマの原作になりますが、実質は同時進行、時にはドラマから逆輸入した話が漫画に描かれていました。
主人公は「山田真吾」。

これは連載開始直後の「悪魔くん」ですが、

連載の最後あたりにはこんな顔になっていました。
もはやこれは、「片眼が髪で隠れていない鬼太郎」ですね。


さらに後年、「悪魔くん」は次の作品も作られました。


4)1970年、
「週刊少年ジャンプ」に連載された「悪魔くん 千年王国」。

東考社版のリメイクで、物語の完結を目指して描かれたモノです。

「悪魔くん」が貸本時代の絵に、少し、戻っています。

5)1986年、
「フジテレビ」で放送されたTVドラマ「悪魔くん」。

月曜ドラマランドの「悪魔くん」で、メフィストを「佐藤B作」が演じていました。
主人公は「伊藤真吾」。

6)1987〜88年、
「コミックBE!」に連載された「悪魔くん 世紀末大戦」。

東考社版の続編にあたります。

「悪魔くん」の絵は、「東考社版」と「少年マガジン版」の中間辺りに落ち着きました。

7)1988〜90年、
「月刊コミックボンボン」で連載された「最新版 悪魔くん」。

「悪魔くん」と「十二使徒」が毎回、悪い悪魔(?)や妖怪と戦う話です。
主人公は「埋れ木 真吾」。

8)1989年〜90年、
「テレビ朝日」で放送されたアニメ「悪魔くん」。

「最新版 悪魔くん」を原作にしたTVアニメーションです。
主人公は「埋れ木 真吾」。

9)1993年と1994年、
「辰巳出版」の「悪魔くん ノストラダムス大予言」。

書き下ろし単行本で二巻出ました。
主人公は「山田真吾」。


本エッセイでは、私の大好きな1)貸本漫画の「悪魔くん」と、2)大昔のTVドラマ「悪魔くん」を中心に、書いてみるのであります。



貸本漫画の「悪魔くん」の物語は、こうです。


日本三大電機メーカーの「太平洋電気」の社長の一人息子「松下一郎」は、数千年に一度生まれると予言されていた「精神的奇形児」だった。
彼の異能は恐れられ、実家から遠く離れた「奥軽井沢」の別荘に、世話をする老夫婦と共に隔離されていた。

そんな時、彼の家庭教師を依頼された「佐藤」は、その奥軽井沢に向かう。
家庭教師とは方便で、実際は彼の「監視役」である事はすぐに判明した。
最初に会った時、小学二年生の「松下一郎」が読み耽っていたのは、超難解とされている神秘数学の「ガバラの書」だった。
やがて彼の恐ろしい目的が明らかになる。

「松下一郎」は地中より悪魔を召喚しようと、奥軽井沢の地で研究・実践を重ねていたのだ。
彼は絶大な力を得る事で、その力を使い、全ての民が平穏に暮らせるという「地上天国(千年王国)」を実現しようとしていたのだった。

その奥軽井沢の地を、十六世紀から生き続けていた大魔術師ヨハン・ファウスト博士が訪れる。
「万人が幸せになれる天国を作るために」、ファウスト博士は「松下一郎」に秘伝の技を伝授する。

「現世は夢となり、夢は現世となる」。

尊い博士の命と引き替えに、遂に悪魔を呼び出した「松下一郎」いや「悪魔くん」。
そんな「悪魔くん」を危険視している人物たちがいた。

一人は世界の三分の一の石油を支配しているアメリカの大富豪「サタン」で、彼は250年生き続けている黒魔術の大家だった。
もう一人はインドの呪術医「フラン・ネール」。
彼は北洋の濃霧の中、何千年も人知れず漂う「蓬莱島」に住む中国の「八仙人」、
「漢鐘離老人(かんしょりろうじん)」
「張果老老人(ちょうかろうろうじん)」
「韓湘子中年(かんちょうしちゅうねん)」
「李鉄拐老人(りてつかいろうじん)」
「藍采和中年(らんさいかちゅうねん)」
「可仙姑女(かせんこにょ)」
「呂洞賓中年(りょどうひんちゅうねん)」
「曹国舅中年(そうこっきゅうちゅうねん)」
が仕向けた暗殺者であった。

「サタン」との闘いには勝ったものの、それを知りエジプトの「スフィンクス」が五千年の眠りから目覚め、日本へと動き出す。
「スフィンクス」は「サタン」の親玉だったのだ。

「佐藤」は一時期「悪魔くん」の奸計に陥り、古代の怨霊「ヤモリビト」に身体を乗っ取られていたが、それを救ってくれたのは「フラン・ドール」だった。
世界は混沌の様相を呈していく。

サタンやスフィンクスは「悪」の立場から、蓬莱島の八仙人やフラン・ネールは「善」の立場から、世界の均衡を破り世の中の仕組みを変えようとしている「悪魔くん」の力を恐れていた。
そして、「佐藤」の裏切りに合い、「悪魔くん」は絶命する。

キリスト、釈迦、マルクス、そして「悪魔くん」。
みな、それぞれ方法は違っていたが、その根本にあるのは一緒だった。
世界が一つになり、貧乏人や不幸のない世界を作る事だった。

全てが終わり、落ちぶれて途方に暮れ公園で佇んでいた「佐藤」は、「悪魔くん」の部下「十二使徒」の一人「蛙男」に諭される。
真実を知り、思わず号泣する「佐藤」。
「だが心配するな。『悪魔くん』は必ず蘇る」と蛙男。

エロイム・エッサイム。我は求め、訴えたり。



「若い事。貧乏な事。そして無名である事」。
これが「後世に残る事を成す三条件だ」と言ったのは誰だったか。

私は「東考社」から出た貸本版の「悪魔くん」が一番好きなのです。
一番最初の「悪魔くん」が好きなのです。

それは、まだ世間に名も知られず、赤貧時代の若い「水木しげる」の描いた漫画「悪魔くん」が、とてもパッションに溢れ、奇想に富み、テーマが明確で、優れた創作物になっていると思うからなのです。

全員揃えるはずの「十二使徒」が、「蛙男」「ヤモリビト」「悪魔」の三人だけとか、主役の「悪魔くん」が志半ばにして死んでしまうとか、「未完」だったのは、「人気が出なかった」からだそうです。
そりゃ、そうです。
「精神的奇形児」とか「地上天国」とか「カバラ思想」とか「悪魔召喚」とか「ユダヤの秘術」とか「魔法陣」とか「光輝(ゾハル)の書」とか「創造(イエジラ)の書」とか、出てくる単語があまりにもペダンチックで一般受けしないのは(1963年の子供たち向けて)当然です。

何故そんな事も判らなかったのか、当時に戻って「水木しげる」に懇々と説教したいモノであります。
が、しかし、私はそんなケレン味たっぷりの「悪魔くん」が大好きなのでした。

絵も泥臭く洗練されていないのも、凄く良いのです。
貸本漫画特有の、「情熱とルサンチマンに任せてカリカリカリと描き殴った感じ」が堪らないのです。



♪エロイム・エッサイム。エロイム・エッサイム。
回れ地獄の魔法瓶、あ、いや、魔法陣♪
これは私が子供の頃 見た「日本教育テレビ(現テレビ朝日)」の実写ドラマの「悪魔くん」の主題歌です。

私は「魔法陣♪」という歌詞を、いつも(ワザと)「魔法瓶♪」と言い替えて歌っていました。
今の人は「魔法瓶」も知らないかな。

主題歌の作曲は「山下毅雄(たけお)」。
昔のTVで活躍していた作曲家で、「七人の刑事」だの「佐武と市捕物控」だの「時間ですよ」だの「ジャイアントロボ」だの「ルパン三世(最初の)」だの「ガンバの冒険」だの、私の大好きなTVドラマ、アニメの主題歌をやっていた人です。

このドラマは「白黒」という事もあって、とてもとても怖かった印象があります。

オープニングは、まず鬱蒼と茂る森の中、朽ちた井戸の中が映ります。
そこからカメラは地下の洞窟へと進んでいきます。
コウモリが数匹、飛ぶ中、「エロイム・エッサイム・・・エロイム・エッサイム・・・」という禍々しい呟きが聞こえてきます。

そして、地底の「魔法陣」が描かれた大広間が現れます。
そこで、異様な老人ファウスト博士と共に、利発そうな少年が右手を頭の横に上げ、天を指差しながら呪文を唱えているのでした。

この「右手を上げ、天を指差すポーズ」も、当時よく真似したモノでした。
いやあ、怖い。でも、格好良い。


そんな必要以上におどろおどろしいオープニングとは裏腹に、お話はコメディ色の強いモノでした。

悪魔「メフィスト」を呼び出した「山田真吾(貸本版とは名前が違う)」こと「悪魔くん」は、彼と共に、毎回「妖怪」を退治していきます。

高飛車で我が儘な「メフィスト」は「悪魔くん」の持つ「ソロモンの笛」に弱く、それを吹かれるとシルクハットを投げ捨て、頭の角から煙を出して苦しむのでした。

そんな「メフィスト」の大好物は「チョコレート」。
人間界に来て、こんな美味しいモノは初めて食べたのです。
かくして「悪魔くん」は、飴と鞭を使い分け、悪い妖怪と闘っていくのでした。

「メフィスト」を演じたのは、個性的な悪人顔をした「吉田義夫」でしたが、途中から飄々とした「潮健児」に代わったのが、子供心に残念に思っていました。
設定上「メフィスト兄」「メフィスト弟」となっていましたが、それが吉田義夫の病気のためだと知ったのは、大人になってからでした。

そんな「メフィスト兄」と「メフィスト弟」が同じ回で揃って出演した最終回近くのエピソードには、事情を知らずとも大感激したのでした。

この白黒モノクロ時代のTVドラマ「悪魔くん」は、出てくる妖怪がとても怖く、妖怪「百目(ガンマー)」や「首人形」、「水妖怪」や「巨大雪女」など、今でも覚えているほどなのです。
中でも「首人形」に登場する「一つ目のマネキン人形」は、今でも悪夢に出てくるほどなのでした。

こんな感じです。

このビジュアルは、まるで今日日 流行りの(?)「一つ目少女」なのであります。
今から半世紀前の実写作品だと言うのに、その先取り感には驚くのでした。

怖く恐ろしい妖怪の造形と映像。
その反対に、「悪魔くん」と「メフィスト」の飄々としたコミカルな会話の妙。
この「怖くて、でも面白い」物語に、子供の頃の私は夢中になっていたのでした。



やがて中学生になった頃、私の「悪魔くん」好きは、さらに深くなっていきました。

神田の古本屋街を散策し、「澁澤龍彦」や「種村季弘」の錬金術や神秘学、悪魔学の本を探し捲ったのです。

「吉田八岑」の「悪魔考」を買ったのも神田の古本屋でした。
「アレイスター・クロウリー」や「薔薇十字団」の名前を覚えたのもこの頃です。

この手の話が好きな同級生と「悪魔研究会」なる同好会も作りました。
たった三人のこぢんまりしたクラブでした。
それでも会誌は第3号まで続いていたのです。
もっとも会誌の中身は、何故か「ダーティハリー」とか「宇宙戦艦ヤマト」とか、関係のない話ばっかり書いてましたけども。

それでも半分真面目に、「悪魔くん」に倣って魔法陣を作り、悪魔を呼び出そうと計画、妄想していたのです。

しかし、魔法陣を作るためには様々な物を用意する必要がありました。
「絞首台から盗んできた三本の鎖」や「罪人の額に打ち込まれた釘」等々です。
一体、ただの日本の中学生が、何処から「絞首台から盗んできた三本の鎖」だの「罪人の額に打ち込まれた釘」なんて物を、見つけてくれば良いのでしょうか?

結局、中学を卒業し、それぞれが別々の高校に入学する前に、私たちの「悪魔研究会」は自然消滅してしまったのでした。



貸本漫画の「悪魔くん」の父が、日本三大電機メーカーの社長というのは実に興味深い事です。
会社名は「太平洋電気」となってますが、「悪魔くん」の本名が「松下一郎」である事から「松下電器」をモデルにしているのは明らかでしょう。

戦後、紙芝居屋から出発し、売れない貸本漫画を描いていた貧乏な「水木しげる」にとって、日本有数の大企業には激しい嫉妬と嫌悪感を抱いていた事は、想像に難くありません。

そんな大企業の一人息子が問題児で(精神的奇形児)、悪魔を呼び出し、世の中を金持ちも貧乏人もないみんなが幸せな世界を作ろうとしている、そんな夢想をする事はとても愉快で魅力的だったでしょう。

「悪魔くん」の中で私が一番好きなシーンは、とうとう悪魔を呼び出した後の「ヤモリビト」の呟きです。
召喚された悪魔はまるで普通のサラリーマンのような容貌で、想像していた悪魔とは似通っていませんでした。
「しかし」とヤモリビトは思い直すのです。
「呼び出された悪魔は只の人かも知れない・・・。
だが、悪魔とはそれを呼び出す力を有する者が、取りも直さず悪魔なのではないか」。

エロイム・エッサイム。
我は求め、訴えたり。


※先日、2015年11月30日に水木しげる氏が亡くなりました。
93歳、長生きでした。大往生であったと思います。
合掌。




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