SYU'S WORKSHOP
ESSAY VOL.169
「完璧な女」について

(2016年12月3日)


その女は完璧だった。



先日、駅向こうの「OKストア」に行こうと歩いていたら、胸に大きく「完璧」と書いた女性とすれ違ったのでした。
それはダウンの下に着ていたトレーナーに書かれた文字でした。

よく浅草あたりの外国人旅行者向けの土産物屋で、「温故知新」だの「回転寿司」だの「極道人生」だのと書かれたTシャツを見かける事がありますが、あのトレーナーもそんな類いだったのかも知れません。
いや、市販のモノではなく手作りの品だったのかも知れません。

年の頃なら三十前かな、中肉中背、サラリと髪を伸ばした端麗な女性でした。
それにしても「完璧」とは。
一体、何が「完璧」なのでしょうか。

人として「完璧」?

女性として「完璧」?

そんな彼女とすれ違いながら、私はちょっと前に見かけた別の女性の事を思い出していたのでした。


それは私が近所の「マルエツ プチ」へ行こうとしていた時でした。
100円で買える「味好百菓」シリーズの「ふ菓子」を買いに行こうとしていたのです。

雨の降る日でした。
傘を差して歩くその彼女の足元を何気なく見て、私は「ぎょっ」としたのです。
彼女は明らかに部屋履きの毛足の長い「スリッパ」で歩いていたのでした。

多分、彼女は何らかの理由で慌てて家を飛び出して来たのでしょう。
そして、自分でも気づかないまま部屋履きのスリッパで出てしまったのでしょう。
「迂闊な女、だなあ」と思いながらも、彼女の外出が短いモノである事を、間違っても電車に乗るような遠出じゃない事を、私は切に願いました。
この後、足元の履いてきたスリッパに気づき、街中でひとり彼女は顔を真っ赤にしたに違いありません。


そうか。
少なくとも「完璧な女」は部屋履きスリッパで外に出てしまうような「迂闊な女」ではなかったのです。

それだけでも。
彼女は「完璧な女」なのかも知れないなあ。




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