SYU'S WORKSHOP
ESSAY VOL.171
「アイルランドの妖精ネコ」
について

(2017年12月2日)


私は昔、いや大昔、会社の後輩Mと「10日間」の長期休暇を取り、イギリス・ロンドンへ旅行した事がありました。
それは仕事ではなく、全くの「趣味の旅行」でした。


私は昔から、子供の頃から、イギリス・ロンドンが好きでした。
ロンドンのいろいろな事に興味があったのです。

イギリス・ロンドンは私の好きな「シャーロック・ホームズ」が生まれた場所であり、私の好きな「シュール」や「ナンセンス」の、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」やBBCの「モンティ・パイソン」の国でした。

私の好きなSFの、ウエルズの「タイムマシン」や特撮人形劇の「サンダーバード」の国であり、ファンタジー・児童文学の、トールキンの「指輪物語」やスウィフトの「ガリバー旅行記」、バリーの「ピーターパン」が生まれた土地でした。
さらに、私の関心をそそる猟奇事件・物語の「スウィーニー・トッド」や「切り裂きジャック」の国でもあるのでした。


私は子供の頃から、機会があればイギリス・ロンドンに行ってみたいと思っていたのです。
それはアメリカ・ニューヨークに行きたいよりも、フランス・パリに行きたいよりも、エジプトやタヒチに行きたいよりも、私はロンドンに行ってみたかったのでした。

かくして、大学を卒業し社会人になった数年後に、その念願が叶ったのです。


イギリス・ヒースロー空港に降り立つ前、飛行機から見たロンドンの街並みは、まさに「石で造られた灰色の都市」でありました。
まだ「ビック・ベン」やら「ロンドン・アイ」が無かった時代の話です。
あ。さすがにビック・ベンはあったかー。

蛇足ですが、なんで英国は「ロンドン・アイ」みたいな無粋な建造物を作ったのでしょうか。
「我が良きロンドン」の景観が台無しじゃないですか。


本題に戻って・・・、行ったのは11月の初めです。

「マダム・タッソー」の蝋人形館を見て、シャーロック・ホームズの「ベーカー街」を散策し、「ギネス博物館」「ロック・サーカス」「ビック・ベン」を見て回りました。
「大英博物館」を丸一日中見て、「ロンドン・ダンジョン」を見て、「プリンス・エドワード・シアター」で当時話題になっていたミュージカル「スナーク狩り」を観劇しました。
この舞台、原作はルイス・キャロル。
「デヴィッド・マッカラム」が(0011ナポレオン・ソロのイリア・クリアキン)ルイス・キャロルを演じていたのです。


その後、私たちはロンドンからリヴァプールへ移動しました。


ご存じの通り、リヴァプールはあの「ザ・ビートルズ」が生まれた、イギリス北西部の港町です。
ここでは「ビートルズ博物館(The Beatles Story)」を見ました。
その年のイギリスはとてつもない寒さで、一応薄手のコートは持って行ったのですが、さすがにそれでは辛抱出来ず、現地で新しい「厚手のコート」を買ったのでした。

そして、そこからさらに「北アイルランド」へと渡ったのです。


アイルランドはイギリスの西に位置する「九州の二倍ぐらい」の大きな島で、立派な独立国家です。
一部「北アイルランド」のみがイギリス領となっています。

当時は「俺たちもイギリスから独立するんじゃい!」とした過激派たちが、頻繁に街中でテロを起こしていたのです。
「IRA(Irish Republican Army)」、アイルランド共和軍です。

私たちが北アイルランドに渡る前日にも、「今日、北アイルランドで爆弾テロが起こりました」とTVで伝えており、小心者の私は「ねえ、大丈夫かねえ?ヤバいんじゃないかねえ?」とかなりビビっていたのです。
「SYUちゃんが嫌なら考えるけど・・・俺ひとりだったら絶対行くよ。だって、こんな機会はもう二度とないからね」。
これは今でも覚えているMのセリフです。

そうして私たちは、イギリスから「北アイルランド」へ飛んだのでした。



プロペラ二発の双発機に乗ったのは、人生、このアイルランドへ往復した二回だけ。
かなり揺れて怖い思いもしたけども、面白かったのである。



イギリスが「シャーロック・ホームズ」「不思議の国のアリス」「モンティ・パイソン」「サンダーバード」「指輪物語」、そして「切り裂きジャック」の国であるように、アイルランドは「妖精」の国なのでした。
私は昔から「妖精」にも弱い(好き)のです。

妖精の靴屋「レプラコーン」、死を告げる者「バンシー」、アイルランドの人魚「メロー」、いたずらっ子「プーカ」等々。
アイルランドの道端には「妖精注意!」の看板もあるほどなのです。


最初の日、北アイルランドの首都「ベルファスト」の郊外にある立派なホテルに泊まりました。
そして二日目、「アルスター民族交通博物館」に行ったのです。



「アルスター民族交通博物館」の敷地はとても広大である。


中でもその「民族エリア(住居エリア)」には、
1900年代に実際に使われていたアイルランドの住居を移築、
実物展示されているのだった。



当時、俺が愛用していたカメラは「オリンパス XA」
というマニュアル露出のヤツ。
この前久しぶりに引っ張り出してみたら、
色々な箇所が錆びていたのだった。



ここはアイルランドの人びとの「昔の暮らし」を紹介している博物館なのです。
その展示は大きく「乗り物」と「住居」に別れています。

素晴らしいのは「住居エリア」です。
広大な敷地の中に昔のアイルランドの住居たちが、実物展示されているのでした。
日本の「明治村」を数十倍、巨大にしたような場所なのです。

中世ヨーロッパ農村の麦わら屋根や、無造作に積み上げられた煉瓦壁の住居を見る事ができるのです。
場所によっては、中の台所やリビングまで再現されているのでした。

こ、これは。
ここは。
すんげー面白れー!

私たち二人は(もしかしたら私だけだったのかな?)、段々と暮れていく時間・閉園時間を気にしつつ、広大な敷地を大急ぎで歩いていたのでした。
今回は書きませんが、ここ「アルスター民族交通博物館」のもう一つの見所「交通博物館」にかなりの時間を取られていたのです。

そんな時です。

私たちの後を付けてくる一匹の若いネコに気がついたのです。
そして、そのネコは私たちを先導するように前を歩いて行くのでした。


今回、本エッセイを書くまでは、「あれは黒猫だったよなあ」と思い込んでいたのですが、本エッセイを書くにあたり、当時撮った写真を久しぶりに引っ張り出してみると、黒猫ではなく「三毛猫」だった事が判りました。

世界的には「Calico cat」、キャリコって言うのでしょうか。
斑(まだら)模様があるネコでした。



そのネコは付かず離れず
私たちの前を進んで行くのだった。



「白」「黒」「茶」の三色斑(まだら)模様が珍しい事もあり、「幸運をもたらすネコ」と信じられているみたいなのです。
遺伝子の関係なのか「オスは珍しく、多くはメス」らしいのです。

日本ではよく見かける「三毛猫」ですが、世界的には希少価値があるネコなのでした。



日本の「三毛猫」と違い、北アイルランドの「三毛猫」は、
とてもフォルムが格好良いのだった。
と言うか、日本のネコはみんな太りすぎだと思う。



私たちに纏わり付いてくるという事は人間慣れしているのだろうけども、
決して触らせてはくれなかった。
撫でようとすると、トットと逃げて行くのだった。



私たちがはるか北アイルランドの田舎町で、「三毛猫」に出会ったのは単なる偶然だったのでしょうか?

日本にルーツを持つと言われる「三毛猫」だからこそ、道に迷った私たち日本人の後をつけ、そして先導するように前を歩いてくれたのではないでしょうか?
「おいおい、ちゃんと出口判っているのかよ?」と心配して、道案内してくれたのではないでしょうか?

東アジアの「ブータン」では道案内する聖なる動物は「カラス」なのですが、ここ北アイルランドではネコ、この「三毛猫」だったのかも知れません。


こうして私たち二人は、広大な敷地の「アルスター民族交通博物館」から無事、出る事が出来たのでした。
閉園時間の間近でした。

「アルスター民族交通博物館」から一般道に出るには「陸橋」を渡ります。
「どこまで私たちに着いてくるのかな?鞄に詰めて日本まで持ち帰っちゃおうかな?」と思っていた瞬間、そのネコは現れた時と同様「ふい」といなくなってしまったのです。



その後、私たちは北アイルランドからロンドンに戻りました。

再訪問したロンドンでは「ロンドン塔」を一日見て回りました。
血塗られた忌まわしいロンドン塔の歴史や、たくさんの鎧兜は何時間見ても飽きないモノでした。
次の日、「アビー・ロード・スタジオ」前の横断歩道を見て、もちろん歩いた写真も撮りました、「トラファルガー広場」を見て、ソーホーの「ピカデリー・サーカス」周辺で土産物屋を覗き、たくさんの私の趣味「おもちゃ」を買いました。
そうして出発から10日後、私たちは日本に帰ってきたのです。

久しぶりに日本に戻ってきた感想は・・・、「カビ臭い国だなあ」というモノでした。飛行機を降りて成田空港に入った途端、そう感じたのでした。



あれから数十年が経ってしまいました。

生きてりゃ人生いろいろあるモノです。
あの時、一緒にイギリスに行ったMは、4年前の夏、突然亡くなってしまいました。
生きてりゃ人生、本当にいろんな事があるモノなんです。

でも私はあの時、北アイルランドで出会ったあの「三毛猫」は、
今でもあの場所を歩き回っているような気がしているのです。




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