SYU'S WORKSHOP
ESSAY VOL.189
「クトゥルーな居酒屋」
について

(2022年4月2日)


「クトゥルー」とは英国の作家「H・P・ラヴクラフト(ハワード・フィリップス・ラヴクラフト、1890〜1937)」が創り出した怪物の名前です。
彼の怪奇小説「クトゥルフの呼び声(1928)」に登場します。
南太平洋の太古の海底神殿から蘇った、タコのような頭部と禍々しい翼を持つ、粘液にまみれた巨大な怪物が「クトゥルー」なのでした。

彼のこの怪奇小説は、いろいろな作家たちに影響を与えました。
斬新で今まで無かったおぞましい怪物造形や、宇宙的規模の深い世界観に、当時の怪奇作家たちが皆「私もこんな恐怖を描きたい」と思わせたのでした。
「アルジャーノン・ブラックウッド(1869〜1951)」「クラーク・アシュトン・スミス(1893〜1961)」「ロバート・アービン・ハワード(1906〜36)」「オーガスト・ダーレス(1909〜71)」「ロバート・アルバート・ブロック(1917〜94)」「コリン・ウィルソン(1931〜2013)」等々。
そして、彼らが創った恐怖小説群は、やがて「クトゥルー神話」と呼ばれるようになっていきました。
いわゆる「クトゥルー神話体系」が誕生したのです。
超太古の地球には人間の想像を越える邪神たちが棲み、また、外宇宙からはその邪神に闘いを挑もうと、恐ろしい怪物たちが訪れていた、というのです。

それらの「クトゥルー神話」を私たちが日本語で読む場合、作家や翻訳家、時代や出版社によって、いろいろな名前で呼ばれています。
あまりにも「超古代」で「人智を越えた怪物」なゆえ、本来、人間が発せられる単語ではない、というのです。
原語(英語)では「CTHULHU」ですが、翻訳では「クトゥルフ」「クトゥルー」「ク・リトル・リトル」「クルウルウ」「クスルー」「トゥールー」「チューリュー」等々、いろいろあるのです。
私は昔から慣れ親しんだ「クトゥルー」と本エッセイでは書かせて頂きます。

「クトゥルー神話」の怪物たちのビジュアルはいろいろですが、代表的な画で言えば、ジョン・カーペンターが監督したSFホラー映画「遊星からの物体X」のクリーチャーになるでしょうか。
つまり、どろどろグログロねちょねちょの粘液質で、あらゆる所から触手が飛び出てうねっている、名状しがたき禍々しい姿であります。
で、です。
私は2000年 北海道 札幌で、そんな「クトゥルーな居酒屋」に行ったのでした。


東京から仕事仲間3人で札幌に入り、日中の仕事を終え、夜の札幌ススキノで夕飯を食う事になりました。
札幌在住の友人を電話で誘い出し「どこか美味しいお店ない?」と連れて行って貰ったとある雑居ビル。
エレベーターで何階か上がり、扉が開いたらそこが即,雑然とした居酒屋となっていました。

薄暗い店内が間仕切りで細かく別けられています。
それぞれが小さな部屋になっているのです。
驚いたのは壁一面に縁日のお面やら大漁旗やら昔の双六やら昔の映画ポスターやら、通路のあちこちにペコちゃんポコちゃんの人形やら薬屋の店頭に置いてあるような象さんやカエル、どこで見つけてきたのかゴジラやカネゴン、昔の郵便ポストやらガチャガチャ、天井からはプラモデルやらブリキの飛行機やらロケットやらが所狭しとつり下がっているのでした。
「な、なんじゃ、ここはっ!?」。
漫画家、植芝理一が昔「ディスコミュニケーション」で描いていたような、まるで空間恐怖症みたいな世界がそこに広がっていたのです。



しかし、驚くのにはまだ早かったのです。

私たちは生ビールと刺身盛り合わせを頼みました。
せっかく北海道に来たのだからと、贅沢にもいわゆる「舟盛り」を頼んだのです。
そして、出て来たのがこれでした。
シャケ、マグロ、ブリ、ハマチ、ヒラメ、ツブ貝、アジ、カツオ、スズキ、サンマ、ウニ、甘海老、イクラ、タコ、ホタテ、そしてイカ。
全て新鮮なのは当然ですが、私たちの目を釘付けにしたのはイカなのでした!
その足、まだウネウネと元気よく活きていたのです!



活きているイカを新鮮なまま裁いて、まだ動いている状態で出された事は過去にもありました。
(それは九州、鹿児島、有名なイカ料理専門店の事でした。動きながら舌に小さな吸盤で懸命に吸い付くイカのゲソも旨かったし,最後残るイカを全部フライにしたのも旨かったのでした!)
しかし、この北海道 札幌ススキノの居酒屋で、私たちの目の前に出された「舟盛り」のウネウネと動くゲソは衝撃的でした。

「クトゥルー」はボードゲームにもなっています。
通常のファンタジー系冒険RPGでは、敵と戦う度、「HP(体力、Hit points)」が減っていきます。
しかし、「クトゥルー」のボードゲームでは「SAN(正気度、Sanity)」が減っていくのです。
その「クトゥルーな舟盛り」を見た瞬間、私の「SAN」は「0」近くに減っていたに違いありません。
「うひょひょひょひょ!」。
あまりにもインパクトがありすぎ、面白すぎだったのです!


その後、ネットで「あの店はなんていう名前だったのかしらん?」と思って何回か調べて見たのですが,全く判りませんでした。
「22年前」の事なので、もうとっくに潰れてしまったのかも知れません。
そ・れ・とも・・・?

(蛇足説明。
ちなみに、私の一番好きなクトゥルー神話は「狂気山脈〈1936〉」なのでした)



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