SYU'S WORKSHOP
ESSAY VOL.28
「我が愛しのシャーロック・ホームズ(4)」
について

(2002年6月23日)


今回もまた、ホームズのパスティーシュ・パロディ小説のお話です。



「世紀末ロンドン・ラプソディ」。
「水城嶺子」著。
角川書店。
これは第10回横溝正史賞(1990)の優秀賞を受賞した作品です。(ちなみに、この時の次点が鈴木光司の『リング』でした)。
京都の同志社大学大学院文学部で、英文学を専攻中の女子大生「森瑞希(もりみずき)」は1989年の1月5日の雪降る夜、同大学内の研究室に突如現れたタイムマシンで、19世紀のロンドンにタイムトラベルしてしまいます。
タイムマシンの製作者は、当時キルバーンにある私立学校の科学教師を勤めていた「H・G・ウェルズ」。
物語のヒロイン瑞希は、その19世紀末のロンドンで、「ウェルズ誘拐事件」「タイムマシン強奪事件」「宝石『レディ・ヴァイオレット』盗難事件」に、ホームズとワトスンと共に巻き込まれていく事になります。
そして、ほのかに芽生える瑞希とホームズの恋・・・。
何故か女性作家の書くホームズ・パスティーシュには、必ずと言って良いほど、「ホームズの恋」が描かれるのですが、これには少々閉口する私です。
「あの女嫌いで通っていたホームズが恋をする」というシチュエーションに、女性シャーロキアンたちは「心を動かす」のかも知れませんが、私にはそれがあまり面白く感じられないのです。
「女嫌い」で「反社会的」で「偏屈」で「変人」なホームズこそ、私の好きなホームズ像なのであります。
普通に恋する軟弱なホームズよりも、そっちの方が数段格好良いと思うんだけどなあ。
この小説はホームズに「ロマンチックなモノ」を求める人には、お薦めかも知れません。



「わがシャーロキアーナ ホームズは女だった」。
「中川裕朗」著。
早川書房。
「シャーロキアーナ」とはホームズ物語を分析・研究するいわば「ホームズ学」というモノ。
「ホームズは実は女だったんじゃないか?」「『まだらの紐』の真犯人は?」「モリアーティ教授の実像は?」「ワトスンの結婚した相手は実は?」等々、シャーロキアンたちが好きそうな「真実は・・・」ネタを、論文形式ではなく小説形式で発表した短編集であります。
小説のジャンル的にはユーモア・パロディ小説。
正典から数多くの引用がなされており、その引用によってストーリィが組み立てられていますので、生粋のシャーロキアンじゃないと読むのが少々辛いかも知れません。
また、小説形式という事もあってか、「正典からの事実」と「作者の捏造(新解釈?)」が入り乱れており、これが、「意外な真実」を描くにしても少々アンフェアな気がした私です。
が、本作品集の一番最後に収録されている「探偵たちのパーティ」は面白い作品でした。
死後、冥界に集った過去の名探偵たちが、「誰が一番の名探偵か?」と喧々囂々の大騒ぎを演じる、というモノです。
そこに登場するのは、「ネロ・ウルフ」「サム・スペード」「フィリップ・マーロウ」「マイク・ハマー」「オーギュスト・デュパン」「ルコック」「ブラウン神父」「カート・キャノン」「ファイロ・バンス」「金田一耕助」「明智小五郎」「むっつり右門」「ミス・マープル」「メグレ警部」「神津恭介」「ポアロ」「ジョゼフ・ルールタビューユ」「バン・ドゥーゼン」「ペリーメイスン」「エラリー・クイン」「87分署」「ルパン」「ギデオン・フェル」「トレント」「コロンボ」等々・・・。
この作品集はかなり「濃い」シャーロキアンで、ユーモア小説好きにはお薦めかも知れません。



「シャーロック・ホームズの謎 モリアーティ教授と空白の三年間」。
「マイケル・ハードウィック」著。
「日暮雅通、北原尚彦」訳。
原書房。
1981年のある日、その深夜にホームズは兄の「マイクロフト」から緊急の呼び出しを受けます。ホームズは訝しげに兄の待つ「ディオゲネス・クラブ」へと向かいます。
「ディオゲネス・クラブ」とは「ペルメル街」にある一風変わった社交クラブで、建物内では一切の会話は禁止され、またそれを良しとする変わり者ばかりが集まったクラブです。
ホームズはそのクラブの奥にある秘密の会議室に通されます。
そこで待ち受けていたのはマイクロフトと、なんとホームズの宿敵「モリアーティ教授」なのでありました。
このパスティーシュはホームズが探偵家業を引退後、ロンドンを離れ一人暮らした「ドーバー海峡を望むサセックス州の家」で、ホームズ自ら書いた「回想録」という形式を取っています。
小説の副題が示している通り、ここではホームズが1891年4月にスイスのライヘンバッハの滝でモリアーティ教授と戦い、1984年4月に再び復活を遂げるまでの「空白の3年間」の「意外な真実」に関して語られていくのでありました。
なんと、「ライヘンバッハの滝」での決闘は実は英国政府によって偽装されたものであり、ホームズとモリアーティ教授は密かにドイツの「カールスルーエ」に渡っていたという事実なのでありました。
マイクロフトが二人に語った「大英帝国存亡の危機」とは?
探偵と犯罪者、その二人に託された「特殊任務」とは?
本作品は非常に良く出来た面白いパスティーシュです。
そして何よりも、このパスティーシュにはモリアーティ教授に対する「愛」が溢れているのでした。
物語の最後には思わずホロリとさせられた私です。
この小説は私の中では「ホームズ・パスティーシュ」の「ベスト10」に入る傑作だと思います。
お薦めです。
ちなみに、作者のマイケル・ハードウィックは「シャーロック・ホームズの優雅な生活」(ビリー・ワイルダー監督『シャーロック・ホームズの冒険(1970)』のノベライゼーション)という有名なパスティーシュも書いています。



「シャーロック・ホームズを読む 推理小説へのパスポート」。
「エラリー・クイーン他」著。
「小林司・東山あかね」編訳。
講談社。
これはパスティーシュ小説ではなく、様々なシャーロキアンやミステリー作家たちが書いたホームズに関する「論文」「エッセイ」集です。
私はパスティーシュやパロディ同様、この手の文章を読むのも大好きなのでした。
収録作品は、クリストファー・モーリー「世紀のトリオ ホームズ・ワトスン・ドイル」、ドロシー・セイアズ「ポウとドイルの関係を暴く」、S・C・ロバーツ「ホームズはどう生きたか」、H・D・トムスン「ロンドンの夜の秘密」、エリク・ラウトリ「中庸路線のロマンティシズム」、C・P・スノー「ホームズ物語に映ったドイル」、ジュリアン・シモンズ「法律を守るべきか」、アンガス・ウィルスン「ヴィクトリア朝の心」、エラリー・クイーン「運命の岐れみちになった『ホームズ物語』」、ドン・ペンドゥルトン「探偵は不滅か」、エド・マクベイン「ホームズを逮捕しろ」、アイアン・ウーズビー「英国紳士は創られる」の12編。
この中では、12歳のある冬の日、叔母が図書館から借りてきてくれた「シャーロック・ホームズの冒険」が、その後の人生を決定づけた、というエラリー・クイーン(フレデリック・ダネイ)のエピソードと、ホームズ物語の三つの時代(第一期は『緋色の研究』や『四つの署名』で代表される初期の長編小説時代。第二期は『ストランド誌』で連載された短編物語時代。そして第三期は『バスカヴィル家の犬』『空き家の冒険』で始まるホームズ復活時代)とホームズの性格の変化について、というアイアン・ウーズビーの論文が非常に興味深いモノでありました。
ホームズを愛し、ホームズをより良く知りたい人にはお薦めの一冊だと思います。



「シャーロック・ホームズ クリスマスの依頼人」。
「レジナルド・ヒル、E・D・ホック他」著。
「日暮雅通」訳。
原書房。
コナン・ドイルの全60編あるホームズ物語の中で、クリスマスの事件が1編だけあります。
それは「青いガーネット」という話で、私の好きな作品の一つです。
しかし、ホームズがロンドンにおいて探偵稼業を続けていたのは「約23年間」にも及び、その「青いガーネット」以外にも「クリスマスに起こった事件」がたくさんあったハズなのです。
というワケで、これはクリスマスに起こった事件ばかりを集めたパスティーシュ集なのでありました。。
収録作品は、エドワード・D・ホック「クリスマスの依頼人」、ウィリアム・L・デアンドリア「クリスマス・ツリーの冒険」、バーバラ・ポール「過去のクリスマスの探偵」、ギリアン・リンスコット「冬の醜聞」、ビル・クライダー「クリスマスの幽霊事件」、ジョン・ステースル「クリスマス・シーズンの出来事」、ジョン・L・ブリーン「犬の腹話術師」、アン・ペリー「イヴの鐘」、J・N・ウィリアムソン「笑わない男の事件」、ローレン・エスルマン「三人の幽霊」、キャロル・ネルソン・ダグラス「十二夜の盗難」、グウェン・モファット「国境地方の冒険」、キャロライン・ホイート「天使のトランペット」、レジナルド・ヒル「イタリアのシャーロック・ホームズ」の14編。
「19世紀」「ロンドン」そして「クリスマス」と言えばディケンズの小説「クリスマス・キャロル」が有名ですが、本作品集においても、二つの小説がその「クリスマス・キャロル」と「ホームズ」を合わせたパスティーシュになっています。
また、クリスマスにはやはりロマンチックな話を作りたくなるモノなのか、ホームズが一生のウチに一人だけ親愛を込めて「あの女(ひと)」と呼んだ「アイリン・アドラー」が出てくる話も二つあります。
私が面白かったのは「冬の醜聞」という話。
スイスのリゾート地にある「エーデルワイス・ホテル」にやって来た年老いたホームズとワトスン。
二人は1年前にそのホテルで起きた事件の真相を究明していきます。
この小説はその顛末をホテル管理者の娘、13歳になる少女「ジェシカ」によって語られていく、というスタイルを取っています。
子供の視点で書かれたホームズ・パスティーシュというのも、これ、珍しいのではないでしょうか?
このパスティーシュ集、いずれも良く出来た作品が揃っています。ホームズとクリスマスとの相性が良いのかも知れません。
そう言えば、正典においても、記念すべきホームズ物語の第一作目「緋色の研究」が発表されたのは、「ビートンのクリスマス年鑑」という「クリスマス」に出版された雑誌なのでありました。
ホームズ好きで、クリスマス好きにはお薦めのパスティーシュ集だと思います。



「探偵の冬あるいはシャーロック・ホームズの絶望」。
「岩崎正吾」著。
東京創元社。
時代は現代。場所は横浜。
没落した「栗田財閥」の子孫である「栗田仁吉」は、ある事故が元で自分の過去の記憶を完全に失ってしまいます。
さらに、「自分はシャーロック・ホームズだ」と思いこむ精神病を患う事になってしまいます。
精神科医である本作品の「書き手」は、そんな彼に不必要な刺激を与えないように、自分も「ワトスン」と称して彼の診療に当たる事にするのでした。
しかし、「仁吉」の妄想は名前ばかりではなく、本家ホームズが持っていた「推理力」も受け継がれ、その評判を聞いた人々から不可解な難事件が持ち込まれる事になります。
こうして奇妙な「ホームズ」と「ワトスン」の生活が始まったのでした。
各章のタイトルが「ヒーローの研究」「光頭倶楽部」「バスかビル家のイヌ」「まだらのひもの・・・」「シャーロック・ホームズの復活」となっている様に、これはホームズのパロディ小説です。
当初、持ち込まれた事件のひとつひとつは、それぞれ関係がない様に思われていたのですが、横浜県警西署の警部補「兵頭大作」(彼も妄想ホームズに合わせてレストレイドと名乗ることになります)の登場により、それら全てに関係する人物の名前が浮かび上がってきます。
それは森谷産業社長「森谷貞之介」という男でした・・・。
過去のホームズ・パロディにおいて、ホームズを現代に蘇らせる方法はいろいろと考案されおり、本作の「自分がホームズだと思い込んでいる」という「妄想ホームズ」も、その代表的な手法の一つです。
が、得てしてそれらの「妄想ホームズ」が単に「コミカル」で「軽薄」な物語に終始するのとは大きく違い(本作でも途中まではコミカル色が強いのですが)、この小説は非常に感動的なラストを迎えるのでありました。
ホームズを知らなくても、小説好きにはお薦めな作品だと思います。



読んでも読んでもキリのないホームズ・パスティーシュやパロディ小説の数々・・・。
ホームズの最初のパスティーシュ・パロディ小説は、1891年に書かれた「My Evening with Sherlock Holmes」とも(これは最初のホームズ物語『緋色の研究』が発表されたなんと4年後の事でした)、1892年に書かれた「リューク・シャープ(ロバート・バー)」の「失敗した探偵物語 シャーロー・コームズの冒険」とも言われていますが、いずれにせよ、ホームズのパスティーシュ・パロディ小説はすでに「1世紀以上」の歴史があるのでした。
その中で、邦訳されたモノだけでもかなりの数に及び、日本人作家による作品も数多く出版されています。
そして、今後も次々と新しい「ホームズ物」が登場してくるのです。
これはやっぱりキリがない!

でも・・・。

ある難事件に立ち向かった時、ワトスンはホームズに「どうしてここで手を引かないんだね?何か得することでもあるのか」と訊ねます。
それに対してホームズは、自分の犯罪捜査は勉強なのだ、と言います。
そして、引き続きこう言うのでした。


「勉強に終わりはないよね、ワトスン君。勉強というものは学習の連続で、最後に最大のものがあるのだ」(赤輪党)より。




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