SYU'S WORKSHOP
ESSAY VOL.33
「なっとう丼」について

(2002年9月1日)


私の住んでいる町の駅前に「牛丼太郎」という牛丼チェーン店があります。
ある日、駅前を歩いていると、その店頭に貼ってあるメニューが目に飛び込んできました。
そこには「なっとう丼」という文字が書かれていました。
「なっとう丼って・・・、一体・・・?」。
私の目はそのメニューに釘付けになりました。
さらに、そこには、「なっとう丼 200円」とも書かれていたのでした。
「200円って、あんた・・・」。
一人で歩いていたにも関わらず、私は口に出してもう一度言いました。
「200円って、あんた・・・」。

世の中のファーストフード店がこぞって「低価格競争」に突入している事は知っていました。
ハンバーガーが59円になったり、牛丼が300円以下で食べられる事になっているのは知っていました。
でも、200円って・・・。
いやいや、それよりも問題なのは「なっとう丼」であります。
「なっとう丼」って・・・。

日本人は昔から「ドンブリもの」が大好きであります。
「カツ丼」をガシガシ食うと、身体が疲れていても「よおしっ!バリバリ働くぞーっ!」ってな気分にさせてくれますし、下町にある老舗の「親子丼」の店にはいつも長い行列が出来ています。
ドンブリからはみ出すほどの巨大な海老天が乗った「天丼」には、「これはただ事ではない」という雰囲気が溢れておりますし、本場の「イクラ丼」が食いたいがために北海道に行く人もいます。
下のご飯が見えないほどたっぷりとウニが敷き詰められた「ウニ丼」を前にすると思わず両手を合わせて拝みたくなりますし、世の中には「フォアグラ丼」などというとんでもないモノも存在している様子です。
また、同じ店の「カレーライス」よりも「カレー丼」の方が好きだ、という変わり者もいます。
単にご飯の上に「おかず」を乗せただけの食い物が、何故に多くの人々を魅了して止まないのでありましょうか。


ひとつは、日本人は食事にあまり時間をかけたくない、と昔から思っているからではないでしょうか?
もう、「ちゃっちゃ」と食事を済ませたい。
そのためにはご飯とおかずが一緒になった「ドンブリもの」は、これ最適なのであります。
少量ずつ皿を取っ替え引っ替えチマチマと出てくるフランス料理のフルコースに、「ええいっ!まとめて持って来んかいっ!」とイラついた経験を持つ人も多いでしょう。
また、日本人は「おかずの味が染み込んだご飯」が好き、という事も上げられるでしょう。
焼き肉でご飯を食べる時に、一度焼き肉をご飯の上に乗せ、焼き肉に絡み付いていたタレと肉汁をご飯に染み込ませた後、焼き肉を食べて次にご飯を食べるという人が多いのも、これを証明していると思います。
さらに推測してみますと、右手に箸を持ち、左手に飯の入った器を持つという日本人(いや、東洋人)独特の食事スタイルが、「ドンブリ好きの理由」に大きく関係している様な気もします。
私たちは片手にずっしりとした「飯の重さ」を感じながら食事をする事が大好きなのです。多分。
西洋人の右手にナイフ、左手にフォークという食事スタイルには、「食器を持ち上げる」という習慣はありません。
習慣がないどころか、それは「悪いマナー」とされています。
でも、私たち日本人は、「飯の入った器の重さ」が大好きで、また「その重さを感じながら飯を食う」事が大好きで、そこに「ある種の充足感」「ある種の幸せ」を感じるのです。

この様な幾つかの理由で、みんな「ドンブリもの」が大好きなのではないでしょうか。

ちょっと調べてみますと、現在の「ドンブリもの」の元祖は、江戸時代に芝居小屋で出された「鰻丼」にあると言います。
観劇しながらの手軽な食事として「ドンブリもの」が大流行したらしいのです。
また、そのルーツは室町時代にまで遡るのだとか。
それは「芳飯(ほうはん)」と呼ばれ、ご飯の上に味付けされた野菜を細かく切って乗せ、さらにすまし汁をかけて出されたお寺の食事であったと言う事です。


いや、問題は「なっとう丼」です。
学生時代、学校の近くの初めて入った安い定食屋で「カツ丼」を注文した際、出てきたのはご飯の上に単にカツが乗っているだけのモノで、「ありゃ?親父さん、卵でとじるのを忘れたのかな?」と思って再び品書きを何となく見ると、注文した「カツ丼」の横にさりげなく「卵入りカツ丼」という別の品書きを発見して愕然とした時以来の衝撃を、私はこの「なっとう丼」に感じたのでありました。
(ちなみに、その時に食べた『卵なしカツ丼』は、今で言う『ソースカツ丼』などというモノではなく、単に『簡易版カツ丼』『金のない学生向けカツ丼』だったのでした)。

と言うワケで、日を改めて「牛丼太郎」に入った私です。
店内に入ってまず驚いたのは、最初に「食券」を買うシステムになっている事でした。
「吉野屋」とか「松屋」「すき屋」みたいな牛丼屋とは少々違っていたのです。
さらに、店内はカウンターだけで、椅子の無い「立ち食い方式」でした。(ちなみに、私が入った店がそうなっていただけで、他の店では椅子のある所もある様です)。
食券機に「200円」を入れ、さっそく「なっとう丼」のチケットを購入。
それをカウンターの向こうの店員に渡しました。
すぐさま、店員の若いお姉さんはドンブリに飯を盛り、大きな鍋に入っていた「すでに掻き混ぜてある納豆」を小さなオタマで一杯、その上にかけました。
また、合わせて、「インスタントの具」が入ったお碗にみそ汁も注ぎます。
この「なっとう丼」、「200円」で「みそ汁」も付くのでありました。
ご飯の上にかかった「納豆」には少量の「ネギ」が入っていました。
出された「なっとう丼」を見て、「なるほど」と小さく呟く私。
創造していたのとまったく一緒のモノでした。
これは確かに「なっとう丼」。
でも、これって単なる「納豆ご飯」なのでは・・・。
わざわざ「なっとう丼」と、「丼」を付けるだけのモノなのだろうか・・・。
だいたい、日本人は何でも「○○丼」と「丼」を付け過ぎるのではないだろうか。
「焼き肉」乗せれば「焼き肉丼」。
「つくね」乗せれば「つくね丼」。
「そぼろ」乗せれば「そぼろ丼」。
「麻婆豆腐」乗せれば「麻婆豆腐丼」。
あまりにも安易に料理のネーミングを決めすぎるのではないだろうか。あまりにも「○○丼」を粗製濫造し過ぎるのではないだろうか。
あ、そうか!
「○○丼」とは、「料理名」ではなく、これは「食事のスタイル」に付けられた名称だったのか!
そうか、そうであったのか・・・。

などと思いつつ、30秒後には食い終わっていた私でありました。
店に入り食券を買い、注文して食い終わり、店を出るまでにかかった時間は1分ぐらいのモノなのでありました。
ちなみに、お味の方は「可もなく不可もなく」。
そもそも「200円」の「納豆ご飯」に旨いもマズいもないのでありました。
が、妙に「満腹感」だけは残り、それが反対に少々「虚しい」気分にさせてくれた事を付け加え、本エッセイは終わるのであります。


ちなみに、この「牛丼太郎」の「なっとう丼」、早朝5時から11時までの時間限定メニューでした。



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