常に、良く出来た「オリジナル」は、必ずその「贋作」やら「模倣」、「パロディ」を生むモノであります。 それは、小説はもちろん、映画や漫画、いや絵画や彫刻といった芸術作品においても例外ではありません。 さらに言えば、人類の文明・文化そのものが、「贋作」「模倣」「パロディ」の繰り返しで進化してきたのだ、と言っても良いのかも知れません。 などと大げさな事を言いつつ、今回もホームズのパスティーシュとパロディ小説のお話なのであります。 「わが愛しのホームズ」。 「ロヘイズ・ピアシー」著。 「柿沼瑛子」訳。 白泉社。 「女嫌い」で生涯独身を通したホームズ。 また、結婚した後も、足繁くホームズの住むベイカー街221Bに通ったワトスン。 これらの事実から、「二人は同性愛者だったのじゃないか」と推測したパスティーシュやパロディ小説がいくつかあります。 この小説もそのひとつ。 二つの中編が収録されており、正典「四つの署名」が起きる前の事件と、「最後の事件」の裏に隠された「ホームズとワトスンの関係」が描かれています。 作者は女性作家なのですが、女性の描く「ホームズ物」は、何故か「ホームズが恋をする」話や、この手の「ホームズとワトスンはできていた」とする話が多いのであります。 私は「女嫌いで変人」なホームズは大好きなのですが、それをさらに発展・展開させて「ホームズとワトスンは同性愛者」としてしまうパスティーシュやパロディには少々閉口してしまいます。 大いに疑問なのであります。 少女漫画などを見ても思うのですが、「ホモ・ネタ」って、何で女性作家は好きなのでしょうか? 何が面白いのでしょうか? と、改めてこの本の出版社を見てみたら「白泉社」。 少女漫画をたくさん出している出版社でした。 なるほど、そおいう事であったか。 本の表紙イラストも「坂田靖子」だし。 この小説は、「ホームズ・パスティーシュは全て制覇するぞ!」と思っている人や、「ホームズとワトスンにロマンチックな関係」を期待している人にはお薦め・・・なのかも知れません。 「シャーロック・ホームズの決闘」。 「伊吹秀明」著。 幻冬舎。 ホームズが1891年5月、スイスのライヘンバッハの滝で宿敵モリアーティ教授と戦い、からくも一命をとりとめたのは「日本のバリツ」の心得があったからでした。 「バリツ」とは、「武術」とも「柔術」とも、はたまた1899年に「E・W・バーティス」が日本の護身術を紹介した際に名付けた「BARTISU」だったとも言われていますが、いずれにせよ、あのホームズの窮地を救ったのが「日本の格闘技」であったという原作の記述に、日本のシャーロキアンたちはこぞって大喜びし、日本で書かれたパスティーシュやパロディ小説にはこの「バリツ」が数多く登場する事になるのでありました。 全5話からなる本短編集も、そのひとつです。 1903年、サセックスの地に引退したホームズの元に持ち込まれる五つの事件。 それらの事件の解決時に、毎回毎回ホームズの華麗な「バリツ」の技が披露され、真犯人を追いつめていくのでありました。 が、本作、決して「格闘技系ホームズ」という単なる「キワモノ・パスティーシュ」などではなく、謎解きの部分もきちんと描かれた「正統派ミステリー」になっているのであります。 また扱っている題材も、「ホームズと降霊術」「ホームズとミッシング・リング」「ホームズとバリツの師匠」などとバラエティに富んでいます。 第5話目の「養蜂場の決闘」においては、あの「○○」がホームズに戦いを挑んできたりして、結構楽しめたのでありました。 ホームズ・パスティーシュ好きにはお薦めです。 「影よ踊れ シャーロック・ホームズの異形」。 「服部正」著。 東京創元社。 物語は1890年、「コナン・ドイル」が父チャールズの入院している「精神病院」のある「コーンウェルの地」に訪れるところから始まります。 彼は、その地で、自分の「創作物」であるハズのホームズとワトスンに出会う事になるのでした。 ホームズ・パスティーシュの世界では、原作者であるコナン・ドイルがホームズやワトスンと絡むお話が幾つかあります。 シャーロキアンにとっては、ホームズ物語の記述者はあくまで、「元陸軍軍医 医学博士ジョン・H・ワトスン」とされているのですが、コナン・ドイルには、その「出版代理人」であるという立場が与えられており、その三人が同じ世界で顔を合わせるのは決しておかしな事ではないのです。 しかし、本作品では少々ニュアンスが違っています。 ホームズとワトスンはあくまでドイルが創造した小説上の登場人物であり、しかし、何故か、その空想上の人物にドイルが出会ってしまうというモノなのでした。 しかも、アルコール中毒症で父が入院している精神病院のある地において。 やがて、連続して起こる怪奇な事件の数々。 最初はホームズ自慢の名推理が繰り広げられる、通常の「ホームズ・パスティーシュ」として物語は進行していくのですが、やがて段々お話は「変な」方向へと進んでいきます。 そして、事件の影に見え隠れするドイルの父チャールズの存在。 と言っても、「全ては父チャールズの妄想であった」なんて陳腐な展開ではありません。 もっともっと「不可解」で「不条理」なお話なのでした。 従来の「ホームズ・パスティーシュ」を期待して読み始めた人は、大いに裏切られる事になるでしょう。 これは「ホームズ・パスティーシュ」と言うよりも、実は「幻想小説」なのでありました。 「ホームズ好き」で、しかも「幻想小説好き」にはお薦めです。 反対に言うと、幻想小説好きじゃない人にはお勧め出来ない「ホームズ物」なのであります。 「シャーロック・ホームズ 四人目の賢者」。 「ピーター・ラヴゼイ他」著。 「日暮雅道」訳。 原書房。 これは以前紹介した「シャーロック・ホームズ クリスマスの依頼人」の第二弾パスティーシュ集です。 前作同様、クリスマスに起こったホームズの事件ばかりを集めたモノです。 収録作品は以下の通り。 ピーター・ラヴゼイ「四人目の賢者」、アン・ペリー「クリスマスの贈り物」、バーバラ・ポール「慈善的なことだよ、ワトソン君」、ローレンス・D・エスルマン「クリスマス最大の贈り物」、キャロライン・ホイート「ラージャのエメラルド」、エドワード・D・ホック「クリスマスの陰謀」、L・B・グリーンウッド「クリスマスの音楽」、ビル・クライダー「クリスマス・ベアの冒険」、ジョン・L・ブリーン「博物学者のピン」、ダニエル・スタシャワー「第二のヴァイオレット」、タニス・リー「ヒューマン・ミステリ」の11作。 一年の中で最も特別の日「クリスマス」、その「クリスマスにホームズの元に持ち込まれた事件」となると、「事件の依頼者は誰か?」というのが最も興味を引くところだと思います。 本パスティーシュ集では、「ティモシー・クラチット(ディケンズのクリスマスキャロルに登場したキャラクター)」「オスカー・ワイルド(19世紀の詩人で作家)」「ダーウィン教授(『種の起源』で有名な19世紀の博物学者)」「O・ヘンリー(19世紀アメリカの短編作家)」と、なかなか豪華な依頼人が揃っています。 中では、タニス・リーが書いた「ヒューマン・ミステリ」が面白かったです。 あの有名なファンタジー作家「タニス・リー」がホームズのパスティーシュを書いていたという事にまず驚かされました。 そして、「ホームズとクリスマスの物語」と言うと、最後は「温かいハッピーエンド」になる事が多いと思うのですが、この短編ではホームズが敗北し、余韻を残した「ほろ苦い」エンディングを迎えるのであります。 「ハッピーエンドのクリスマス物語」というのも良いのですが、この「アンハッピーのクリスマス物語」というのも、実は「クリスマス好き」には非常に「感じる」設定なのであります。 この本、クリスマスとホームズを愛する人にはお薦めのパスティーシュ集だと思います。 「名探偵博覧会 真説 ルパン対ホームズ」。 「芦辺拓」著。 原書房。 あの怪盗ルパンとホームズの対決を描いたパスティーシュと言えば、ルパンの原作者「モーリス・ルブラン」が書いた「ルパン対ホームズ」が有名です。 いや、この場合、ルパンの原作者自身が書いているのだから、「ホームズ・パスティーシュ」とは言わないのかな? この「真説 ルパン対ホームズ」の舞台は、1900年にパリで開催された「万国博覧会」。 当時、ホームズは「46歳」、ルパンは「26歳」のまだ駆け出しの怪盗でした。 このパスティーシュ、登場する「ゲスト・キャラ」も豪華で、ルパンの仇敵「ガニマール警部」はもちろん、演劇公演のためパリ万博にやって来ていた日本最初の女優「川上貞奴」、留学生「夏目漱石」、犯罪学者「ペルディヨン博士」、記録写真家「リュミエール兄弟」、活動写真家「ジョルジュ・メリエス」等々が登場します。 パリ万博の「日本館」を中心として、様々な人物たちがルパンとホームズの対決に巻き込まれていく短編であります。 この本には「真説 ルパン対ホームズ」以外にも、「大君殺人事件 またはポーランド鉛硝子の謎」「『ホテル・ミカド』の殺人」「黄昏の怪人たち」「田所警部に花束を」「七つの心を持つ探偵」「探偵奇譚 空中の賊」「百六十年の密室 新・モルグ街の殺人」といった短編が収録されています。 それらにはホームズは登場しないのですが、「ファイロ・ヴァンス」「ヴァン・ドゥーゼン教授」「ネロ・ウルフ」「エラリー・クイーン」「チャーリー・チャン」「サム・スペード」「金田一耕助」「明智小五郎」「怪盗二十面相」「星影龍三」「鬼貫警部」などが登場する、「名探偵のパスティーシュ」となっています。 「ホームズ」とは言わず、古今東西全ての「名探偵好き」にはお薦めです。 「シャーロック・ホームズ リオ殺人事件」。 「J・ソアレス」著。 「武者圭子」訳。 講談社。 1886年5月。ブラジルのリオデジャネイロで猟奇的な連続殺人事件が発生します。 それに前後して、ブラジル皇帝の女友達である「マリア・ルイサ男爵夫人」のバイオリン「ストラディバリウス」が盗まれる事件が起きます。 その捜査のためにブラジルにやって来たホームズとワトスンは、それが「猟奇殺人事件」と関係している事をつきとめていきます。 世界各国のシャーロキアンたちはいずれも、「もし自分の国にホームズがやって来ていたとしたら?」という空想をしますが、このパスティーシュの作者もブラジルの作家なのでありました。 ホームズが登場するパスティーシュ小説には大きく二つの種類があると私は思います。 一つは「ホームズが登場する事によって成立している話」と、もう一つは「別にホームズが登場しなくてもよい話」であります。 この「リオ殺人事件」は後者の小説だと感じました。 また、連続する猟奇殺人事件の描写はシリアスで「サイコチック」、そして本格的な「フー・ダニット(犯人は誰だ)」ミステリーになっているのですが、並行して進行するホームズの事件捜査は「コミカル」に描かれており、特にワトスン博士を「茶化した」描写には「ワトスン・ファン」は大いに憤慨する事でありましょう。 シリアスなストーリィを描きたいのか、コメディを描きたいのかがよく分からない小説なのでありました。 「南米」が好きで「ホームズ」が好きな人にはお勧め、かな? いろいろとホームズの「パスティーシュ」や「パロディ」小説を読み漁っていくと、それらには幾つかのパターンがある事に気づきます。 それは、 1)ワトスンが正典中で言及した「語られざる事件」を描いたモノ。 2)ホームズと「19世紀末」の実在の人物やフィクションの世界の人物が共演するモノ。 3)ホームズやワトスン、その他の正典に登場するキャラクターの「意外な真実」を描いたモノ。 4)ホームズやワトスンの子孫たち、血縁者たちが活躍するモノ。 5)何らかの形で「現代」にホームズを蘇らせたモノ。 6)単にホームズやワトスンを茶化して楽しむモノ。 などです。 湯水の様にあるホームズの「パスティーシュ」や「パロディ」も、このどれかに当てはまるのではないでしょうか? そうでもないかな。 「だれをうたがっていらっしゃいますの?」 「私自身ー」 「なんですって」 「あまりに早く結論に到達したことをです」(海軍条約事件より) |
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