SYU'S WORKSHOP
ESSAY VOL.48
「我が愛しのシャーロック・ホームズ(6)」
について

(2003年6月25日)


今回もホームズのパスティーシュ、パロディ小説のお話です。



「名探偵法務須の謎解き推理事件簿」
「矢島誠」著。
廣済堂出版。
新宿で探偵事務所を開いている「法務須西六」は、シャーロック・ホームズの曾孫にあたる人物。
ホームズの孫の一人が日本に帰化して、「法務須」姓を名乗っていたのです。
警視庁捜査一課の「江戸川小五郎」は、事あるごとに彼の元に難事件を持ち込み、その謎を解いて貰うのですが・・・。
この本は全部で30個のショートストーリィで成り立っています。
それぞれ、「問題編」が数ページ展開した後、終わりに1ページの「解決編」が付くという構成で、小説と言うよりも「ミステリー・パズル集」的な本なのでした。
一つの話が「8ページ」ととても短く、とにかく「軽い」ストーリィの連続に、続けて読むのはちょっと辛いカンジでした。
飽きてしまうのです。
出張途中のサラリーマンが、新幹線の車中で時間つぶしに読む、そんな本なのかも知れません。
残念なのは、「法務須探偵事務所」には「輪戸さん」という女性事務員がいる事になっているのですが、その彼女、結局最後まで登場しない事なのであります。
勿体ない!



「放課後のシャーロック・ホームズ」
「日向章一郎」。
集英社。
新宿区立M中学に通う「秋月ケンイチ」は中学二年生。
ある日の夜、同じクラスの「永島秀春」が歌舞伎町で何者かに襲われ大怪我を負ってしまいます。
「ケンイチ」は幼なじみの「渡辺ミサコ」と、その犯人を捜し始めるのですが・・・。
これは集英社の「コバルト文庫」から出ている小説で、「ケンイチ&ミサコの学園ライト・ミステリー」シリーズの中の1作品であります。
いわゆる「青少年向けライト・ノベル」なのでした。
「どこにホームズが関係してくるのだろう?」と思って読み進めていると、「ホームズ」とはまったく関係ないお話が展開して行くのであります。
いや、一応、「ホームズ」も出てくる事は出てくるのですが、物語の本筋とは全然関係のない登場の仕方なのでした。
いやあ、ビックリしました。
この小説、「ホームズと名の付く小説は全部制覇してやるぞ!」と思っているシャーロキアン向け、かも知れません。



「ホームズ、最後の事件ふたたび」
(『90年代SF傑作選 下』に収録)
「ロバート・J・ソウヤー」著。
「内田昌之」訳。
早川書房。
突然、1899年の8月14日から「2096年」に「時間転移」させられるワトスンとホームズ。
彼らを呼び出したのはホームズの兄と同じ名前を持つ「マイクロフト・ホームズ」という科学者でした。
そこで彼は、「人類がかつて直面した事のない最大の難関」をホームズに解き明かして欲しいと告げるのでした。
それは「フェルミのパラドックス」と呼ばれ、「宇宙に生命が満ちあふれているというのなら、いったい異星人はどこにいるのか?」という超難問題でした。
理論的には「存在」するハズの「数兆」の地球外生物が、現実には「存在していない」のはどういうワケか?
最初は狂人の戯言として信じなかったホームズでしたが、持ち前の知識欲と好奇心でその依頼を受ける事にします。
未来の「直接、脳に書き込める学習機械」を使って、最先端の物理学、天文学、自然哲学、ありとあらゆる知識を大量に、そして瞬く間に吸収していくホームズ。
そして、ホームズは一つの答を出します。
全ての原因は1891年5月の「最後の事件」と呼ばれた、あのライヘンバッハの滝での出来事にあった事を・・・。
この小説、最後はとても泣かせます。
「SF者」にとっては少々アイディアが古い様にも感じましたが、「ホームズ・ファン」にはお薦めの一作であります。



「しゃべくり探偵ーボケ・ホームズとツッコミ・ワトソンの冒険」
「黒崎緑」著。
東京創元社。
大阪の「東淀川大学」に通う「保住純一」と「和戸晋平」はボケとツッコミの関係の大学生。
二人が会えばいつも「上方漫才」の様な会話になってしまうのです。
そして毎回、「和戸」が自分の身の回りに起きた不思議な事件を「保住」に持ち込み、その「保住」が持ち前の「ボケと駄洒落とのらりくらり」とした返答をしながらも、結果、それを見事に解決していくというお話です。
「番犬騒動」「洋書騒動」「煙草騒動」「分身騒動」の4編が収録されています。
表紙に描かれている「いしいひさいち」の漫画のキャラクターや、「ボケ・ホームズとツッコミ・ワトソン」という副題から、「単なるユーモア・コメディ小説」と思われてしまいそうですが、内容は「不可解な謎を理論的に解明していく」という、正統派「ミステリー小説」になっています。
もちろん、「保住」は「ホームズ」であり、「和戸」は「ワトスン」。
他にも、「守屋亭(モリアーティ)」というレストランや、「安土良愛(アイリーン・アドラー)」という人物が登場します。
「ホームズ色」は少々薄いのですが、絶妙なキャラクター設定で、とても楽しめる作品になっていると思います。



「しゃべくり探偵の四季ーボケ・ホームズとツッコミ・ワトソンの新冒険」
「黒崎緑」著。
東京創元社。
これは「しゃべくり探偵」の続編です。
収録されているのは、「騒々しい幽霊」「奇妙なロック歌手」「海の誘い」「高原の輝き」「注文の多い理髪店」「戸惑う婚約者」「怪しいアルバイト」の7編。
前作よりも「ホームズ色」はさらに薄いのですが、前作で「保住」と「和戸」の二人のキャラクターが気に入った方には面白く読める事でしょう。
また、「ミステリー小説」としての「謎」も少々弱い様に感じたのですが、それよりもこの小説は「保住」や「和戸」の「しゃべくり」を楽しむ作品なのかも知れません。
このシリーズ、「ミステリー小説」というよりも「青春小説」に成りつつあるのかな?



「コミカル・ミステリー・ツアー 赤禿連盟」
「コミカル・ミステリー・ツアー2 バチアタリ家の犬」
「コミカル・ミステリー・ツアー3 サイコの挨拶」
「いしいひさいち」著。
東京創元社。
これは小説ではなく漫画の短編集なのですが、日本の「ホームズ・パロディ」を語る上では無視できない大傑作だと思います。
「ダメ探偵」ホームズと「ヤブ医者」ワトスンというホームズ・パロディ定番の二人が、毎回毎回懲りもせずドタバタを繰り広げるという内容で、ひとつの話が1ページから数ページの短い作品ばかりで構成されています。
また、正典に登場する他のキャラクターもたくさん出てくるのですが、その中でも、ワトスンの妻「メアリ」が最高なのであります。
このメアリ、とてつもなく口の悪い女で、ホームズを極端に嫌っているという設定。
ある時、ワトスンが出掛ける時も、
「どちらへ?またあのオタンコナスのところ?」
「誰だい そのオタンコナスって」
「シャーロックのことよ」
「ほんとうに君は口が悪いんだから。ホームズのことを『甲斐性なし』とか『社会不適合者』とか『オタンコナス』とか どれかひとつに決めてくれないか」
「じゃ『トンチキ』にしましょ あの『トンチキ』のところ?」
「ちがうよ 往診だよ」
などといった爆笑モノの会話が展開されるのでした。
「いしいひさいち」の漫画は、その軽妙な絵柄もさる事ながら、会話の「妙」がとても素晴らしいのであります。
この作品集、ホームズ物を中心として、それ以外の古今東西のミステリー小説のパロディ漫画も数多く収録されており、ホームズ以外のミステリー好きにも、ぜひ一読をお薦めする漫画なのであります。



「エドウィン・ドルードの失踪」
「ピーター・ローランド」著。
「押田由起」訳。
創元推理文庫。
1894年のクリスマスも間近に迫ったある日。
ベーカー街のホームズの所へ一人の依頼人が訪ねて来ます。
ちょうど一年前のクリスマスの日に失踪した、甥の「エドウィン・ドルード」を探して欲しいと言う、音楽教師の「ジョン・ジャスパー」でした。
その次の日、ホームズはワトスンと一緒に、その事件が起きた「クロイスタラム」の田舎町へと向かいます。
そこで調査を進める内に、失踪事件は一年前ではなく1869年の25年前に起こっている事、そして依頼人のドルード氏自身が数年前から行方不明になっている事が判明するのでした・・・。
このパスティーシュは、19世紀の文豪「チェールズ・ディケンズ」が亡くなる直前に発表し、未完のまま終わった「エドウィン・ドルードの謎」というミステリー小説が題材になっています。
もし、ホームズだったら、その未完の「謎」をどう解いたか、というホームズ・パスティーシュなのであります。
「クリスマスに起こった事件+ホームズ」というパスティーシュ物には傑作が多いと思うのですが、この作品もその一つに入るかも知れません。
正典が持つ「ホームズ譚」の雰囲気も見事に再現されていますし、謎が謎を呼び次々と新事実が分かってくる展開にも思わず引き込まれてしまいます。
が、最後の真犯人の設定に「うーん・・・。それはミステリーじゃ禁じ手じゃなかったっけか・・・」と思ってしまったのでした。
でも、良く出来ている小説なので、「ホームズ・パスティーシュ・マニア」にはお薦めだと思います。
と言うか、その「ホームズ・パスティーシュ・マニア」なら、とっくに読んでいる作品なのかも知れません。
タイトルに「ホームズ」が入っていなかったので、つい最近までこの本の存在を知らなかった私なのでした。



シャーロック・ホームズのパスティーシュ・パロディ小説は、様々なジャンルにまたがって数多く存在しています。
正典同様の「ミステリー」はもちろん、「SF」や「ファンタジー」、「ユーモア」や「コメディ」、「幻想」や「怪奇」、「恋愛」や「ジュブナイル」等々、ほとんど全ての小説のジャンルでホームズ・パスティーシュやパロディは書かれています。

コナン・ドイルの書いた「ホームズ物語」は全部で60編。
しかし、ホームズの魅力に取り憑かれたホームズ・ファン(シャーロキアン)たちは、その60編だけでは飽きたらず、やがて、これらのパスティーシュやパロディ小説を漁り回る事になるのであります。

それらの中には信じられない様な「駄作」「迷作」「問題作」もありますが、中には「正典よりも面白いんじゃないか」と思わせる様な「名作」「傑作」に巡り会う事もあるのです。
だから止められない。
そして、また、それらのコナン・ドイル以外の人が書いたホームズ物語を読む事によって逆に、シャーロキアンたちは、「自分がハマってしまったホームズの真の魅力とは一体何だったんだろう?」という正典の意義を、解き明かそうとしているのかも知れません。


「資料だ!資料だ!資料だよ。粘土がなければ、煉瓦もつくれないじゃないか」。
(ぶなの木立ち)より。



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