私はシャーロック・ホームズが大好きです。 コナン・ドイルが書いた60作品(シャーロキアンたちはそれらを敬愛を込めて〈正典〉と呼んでいます)はもちろん、それ以降多くの作家が書いた「パスティーシュ」や「パロディ小説」も大好きなのです。 と言うワケで、今回もいくつかパスティーシュ小説をご紹介するのであります。 「QED ベイカー街の問題」 「高田崇史」著。 講談社。 本作はホームズ・パスティーシュというよりも、「シャーロキアン」が登場する推理小説で、シャーロキアンの集まりで連続殺人事件が起こるというモノです。 シャーロキアンの連続殺人事件と言えば、「アントニー・バウチャー」の「シャーロキアン殺人事件」が有名ですが、それの日本版という感じでしょうか。 横浜の薬局に勤める薬剤師の「棚旗奈々」は、ひょんな事から大学時代の先輩「緑川友紀子」に誘われて「ベイカー・ストリート・スモーカーズ」の会合に参加します。 「ベイカー・ストリート・スモーカーズ」とは緑川が参加しているホームズ好きの集まりでした。 1月6日の当日、同じ薬剤師仲間の「桑原崇」と出席した棚旗奈々は、そこで殺人事件に遭遇する事になるのでした。 物語は、連続する現実のシャーロキアン殺人事件と、コナン・ドイルが書いた正典「最後の事件」と「空家事件」にまつわる謎(ライヘンバッハの滝で死んだハズのホームズが、3年の空白期間を経て復活した)が互いに絡み合い、最終的には両方の謎が解明されて行きます。 本作品は探偵役「桑原崇」と助手役「棚旗奈々」が登場する「QEDシリーズ」の第3弾です。 QEDとは「quod erat demonstrandum」の略語で、「証明終わり」という意味。 殺人事件のトリックや真犯人の動機の希薄さ、「ホームズは何故、復活前と復活後に性格の違いが見られるのか?」という本作で言うところの「ホームズ物語最大の謎」に対する答えが「シャーロキアンなら誰しも古くから知っている(ひとつの有名な)解釈」だったり、ちょっと物足りないところも多々あったのですが、それでも最後まで面白く読み続けられました。 シャーロキアンにはお薦め、でしょうか。 「新シャーロック・ホームズ 魔犬の復讐」 「マイケル・ハードウィック」著。 「中田耕治」訳。 二見書房。 1902年初夏。 ロンドンの北「ハムプステッド」の荒地に、あの「バスカヴィルの魔犬」が復活したという噂が立ちます。 本作は、その事件を発端に、ワトスンの三回目の結婚話、マーブル・アーチの道路工事中に発掘された中世の反逆者の遺骨、戴冠式を間近に控えたエドワード7世からの依頼、ドーバー海峡の連絡船で起こった殺人事件等々、引退を考え始めていたホームズの元に舞い込んできます。 当初、各個の事件はそれぞれ無関係なモノと思われていたのですが、やがてそれらは奇妙な繋がりを見せていき、ホームズは最後で最大の事件へと立ち向かう事になるのでした。 1902年と言えば、ホームズが48歳の頃ですから、引退を考えるのには少々早い年齢だと思うのですが、その前年にビクトリア女王が崩御しビクトリア朝が終わり、同時に19世紀から20世紀に入ってすぐの時。 この小説には、そんな時代の雰囲気がよく表れている様に思います。 文体やホームズとワトスンの関係が正典とは違い、少々「現代風」になっているのが少し気になりましたが、よく出来た面白いパスティーシュだと思います。 私が好きだったのは、次のホームズのセリフです。 「そうなんだよ、ワトスンーー。靴紐の結びかたひとつでわかった時代はもはや終わりにさしかかっている」。 本作はホームズ・パスティーシュ好きにはお薦めです。 「ワトスン夫人とホームズの華麗な冒険」 「ジャン・ディトウール」著。 「長島良三」訳。 講談社。 ホームズ譚の中でも有名な「四つの署名」。 これは1888年の事件(シャーロキアンの研究による)で、「アグラの秘宝」を巡る殺人事件でした。 その際、ワトスンは依頼者である「メアリー・モースタン」と知り会い、物語の最後に結婚する事になるのですが、本作ではその物語を「メアリー・モースタン側から語った」回想録というスタイルをとっています。 原題は「Memoires de Mary Watson」で、「メアリー・ワトスンの回想」と訳すのが正しいのでしょう。 作者はフランス人で、1980年に出版され、フランスでは大ベストセラーになった「ホームズ・パスティーシュ」であるそうです。 しかし、「四つの署名」事件をメアリー・モースタン側から語るという、その仕組みはとても面白いのですが、「ホームズ・パスティーシュ」というよりも「メアリーとワトスンのラブ・ロマンス小説」といった内容になっており、まるで「ハーレクイン・ロマンス」の様な展開に私は少々閉口したのであります。 例えば、初めてベイカー街のホームズとワトスンのアパートに訪れた依頼人メアリー・モースタンは、一目でワトスンに恋愛感情を持ってしまいます。 その時の事が、 「このとき、もうひとりの男性が、私にあいさつするために席をたってきました。その姿を見るなり、私は、それまでのことが、なにもかも遠のいていくような感じがしました。この人からうけた印象をなんと表現したらよいのでしょうか?『かがやくような微笑』などという、つかいふるされたきまり文句しか思い出せません。この男性の笑顔は実にやさしく、実に知的で、こもれ日のような感じでした。木木の緑をとおして光る太陽にも似た喜びを、私にあたえてくれる微笑でした」 などと書かれており、実に「とほほ」な気分になった私です。 ホームズ譚に「恋愛はいらない」と私は思うのであります。 正典の「四つの署名」には登場しない「モリアーティ教授」を登場させたり、歴史上の人物「オスカー・ワイルド」「ヴェルレーヌ」「マラルメ」「ホシッスラー」などが出て来たり、当時のフランスやイギリスの華やかな社交界が描かれていたり、とても興味深いところもあるのですが、「恋愛描写」だけはいただけないのであります。 ホームズ物語にロマンスを求める人には、お薦めなのかも知れません。 「黒後家蜘蛛の会2 終局的犯罪」 「アイザック・アシモフ」著。 「池央耿」訳。 創元推理文庫。 これはSF作家でも知られる「アイザック・アシモフ」のミステリー短編集の中の一編です。 毎月一回、金曜日の夜7時半、ニューヨーク五番街十三丁目にあるイタリア料理店「ミラノ」の二階。 そこで開催される会員制の夕食会は「黒後家蜘蛛の会」と呼ばれていました。 メンバーは、特許弁護士の「ジェフリー・アヴァロン」、暗号専門家「トーマス・トランブル」、作家「イマニュエル・ルービン」、有機化学者「ジェイムズ・ドレイク」、画家「マリオ・ゴンザロ」、数学者「ロジャー・ホルステッド」、そして給仕の「ヘンリー」の7名です。 そこに毎回一人のゲストが招かれ、そのゲストから謎が提示され、毎回メンバーたちが頭を捻った挙げ句、最後に給仕の「ヘンリー」がおもむろに「それは○○でございます」と見事に事件の真相を言い当てるシリーズ物であります。 この「終局的犯罪」に登場するゲストは「シャーロキアン」。 彼はシャーロキアンの会合(現実に有名なベイカー・ストリート・イレギュラーズ)で発表する論文に、正典でモリアーティ教授が書いた「小惑星の力学」を選んだのでした。 この「小惑星の力学」は、当時の純粋数学の最高峰とされ、全ヨーロッパ中の数学者を震撼させた数学者モリアーティ教授の論文なのです。 しかしタイトルのみで、実際の内容は正典中には語られていないのです。 そこで、そのゲストのシャーロキアンは「みなさんのお力をお借りして」、その論文のパスティーシュを書こうと考えたのでした。 ホームズ好きでモリアーティ好きならば、誰でも「小惑星の力学とは一体どんな論文だったんだろう?」と想像・妄想するモノです。 その一つの解答をSF作家のアシモフが書いたとなると、これは実に興味深いパスティーシュなのであります。 もっとも、「ははあ。なるほど、やっぱ、そこに持っていったか」という内容でしたが、それでも論理的科学的に「一つの解答」を導き出しているのは、さすが「SF作家」なのであります。 モリアーティ教授好きにはお薦めの一作だと思います。 「シャーロック・ホームズの失われた冒険」 「ジャムヤン・ノルブ」著。 「東山あかね・熊谷彰・小林司」訳。 河出書房新社。 ホームズが宿敵モリアーティ教授とスイスのライヘンバッハの滝で互いに滝壺の飲まれ死亡してから、再び復活する間の「3年間」をシャーロキアンたちは「大空白時代」と呼んでいます。 「1891年5月4日」から「1894年4月5日」の事です。 ホームズが復活した「空家事件」で彼は、「ノルウェー人の冒険家シゲルソン」と名を変えチベットに潜入して「ダライ・ラマ」に謁見してきた、とワトスンに語っていますが、本パスティーシュはそのチベットでの出来事が描かれているのでありました。 チベット時代のホームズの相棒として「ハリー・チュンデル・ムーケルジー」という「インド調査部のチベット学者」が登場しますが、これはイギリス人作家「ジョセフ・ラドヤード・キプリング」の小説「少年キム」に登場するキャラクターです。 つまり本作は「ホームズ物」と「少年キム」の「ダブル・パスティーシュ」になっているのであります。 「キプリング」は「ジャンブル・ブック」で有名な、「コナン・ドイル」と同時代のイギリス人作家です。 さらに、本パスティーシュの作者である「ジャムヤン・ノルブ」は「チベット学の研究者」にして「チベット人作家」(もちろんシャーロキアン)で、この人ほど「チベット時代のホームズ」を描くのに相応しい人はいないのであります。 インドから始まりチベットへ至るまでの丁寧な道行きの描写や、「チベット仏教」への深い洞察など、「チベット人作家」ならではのパスティーシュになっていると思います。 物語の終盤、まるで「インディ・ジョーンズ」みたいな展開になったり、二転三転する「驚愕の事実」が「????!!!」となりますが、それでも大変面白い小説になっていると思います。 もっとも、真面目な「ホームズ物のパスティーシュ」を期待した人には、そのあまりにも「????!!!」が「うーん・・・。どうだかなあ・・・」かも知れませんが。 ホームズが出てくる「大冒険SFX活劇」が好き(てな人がいるかどうか判りませんが)にはお薦めだと思います。 いや、私は本当に面白かったのであります。 「吾輩はシャーロック・ホームズである」 「柳広司」著。 小学館。 題名から察する通り、本パスティーシュの主人公は「夏目漱石」です。 ご存知の通り、夏目漱石は「1900〜1903年」の間ロンドン留学をしており、これはホームズのロンドン探偵業終盤期と重なっている事から、日本の作家の多くがホームズ・パスティーシュを書く際には「ホームズと漱石を絡めたい」欲求には抗えないみたいなのであります。 本作に登場するのは、ホームズ、ワトスン、ハドソン夫人はもちろん、レストレイド警部、ホームズとワトスンの共通の友人スタンフォード、「ベーカー・ストリート・イレギュラーズ」のウィルキンズ少年、などの「正典組」。 夏目漱石、正岡子規、漱石が留学中通っていたという「シェイクスピア研究家」のクレイグ博士等の「史実組」。 そして霊媒師「マダム・シモーヌ」等の「他の作品組」(アガサ・クリスティの〈最後の霊媒師〉に登場)。 アイリーン・アドラーの妹「キャスリーン・アドラー」という「本パスティーシュ用設定組」。 パスティーシュの多くは、この「正典組」「史実組」「他の作品組」そして「新設定組」の混在で書かれていますので、それを本作も踏襲しているのであります。 また、ロンドン留学中、異国での慣れない生活にノイローゼになった漱石は、「漱石が狂った」と皆に噂されるという歴史上の事実があるのですが、本パスティーシュは、それを大元ネタにしています。 すなわち、ある時ワトスンの所に、「私はホームズだ」と言う漱石が訪ねて来るのです。 本作は「定番通り「定石通り」」の「ホームズ・パスティーシュ」だと言えるでしょう。 が、あまりにも「定石通り」なので、推理小説としては「凡庸」にも感じられました。 「漱石が出てくるホームズ・パスティーシュは全部読破するぞ」と思われている方にはお薦めなのかも知れません。 コナン・ドイルによるホームズ物語が書かれていた時代から、すでにホームズのパスティーシュやパロディ小説は書かれていました。 という事は、ホームズ・パスティーシュ、パロディはすでに「1世紀以上」の歴史があるのです。 その間に書かれた全てのパスティーシュを読むのは不可能ですし、それどころか日本語で書かれた(訳された)モノを全て読破するのも限りなく困難だと思えます。 さらに重要なのは、それらが「全て面白い」ワケでもない事なのであります。 それでも、目に付いたり評判を聞いたり、入手出来るチャンスがあった時には、なるべく読むようにしているのでした。 それはきっと私が、いつまでも「ホームズ譚」を終えたくないからに違いありません。 「だいたい犯罪事件には強い類似性があるから、千の犯罪に精通していれば、千一番目の犯罪が洗い立てられなかったら、おかしいほどです」 (緋色の研究)より。 |
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