SYU'S WORKSHOP
ESSAY VOL.82
「映画『犬神の悪霊』の
予告編に見るケレン味」について

(2007年9月22日)


「悪霊」と書いて「たたり」というルビが振られています。

これは1977年の東映映画で、一部のマニアには「カルト」と評されている日本映画であります。
本当かぁ。

70年代の日本映画界には「オカルト・ブーム」が吹き荒れていました。
すなわち、洋画「エクソシスト(1973)」「キャリー(1976)」「オーメン(1976)」「サスペリア(1977)」と連なる大ヒットが、一部の邦画人たちに「いっちょ日本でもヒットするオカルト映画を作らにゃあかん」という勘違いをさせていたのであります。

1976年の市川崑の「犬神家の一族」は「横溝正史」を原作に持つ面白い「本格推理物」でありますが(この場合の〈本格〉とは、〈名探偵〉が登場する〈ミステリー〉の一形態の事であります)、当時の「オカルト・ブーム」に便乗し、非常に「オカルト色」の強い広告展開をしていたと記憶しています。

この「犬神家の一族」の大ヒットと、当時の「オカルト・ブーム」にプッシュされ「いっちょ東映でもヒットするオカルト映画」を目差して制作されたのが「犬神の悪霊」であります。

あっ、結論から先に言えば、この映画は詰まらないです。


物語はウラン鉱採掘のため人知れぬ山村に立ち寄った技師たちが、フトした事故で山奥の「祠」を壊してしまい、それ以降、村の「憑き神」であった「犬神」に祟られてしまうという話です。

不必要に数多くの人物たちが登場し、無意味にその関係が錯綜し、ご都合主義的に先の読める二転三転を繰り返し、やがて分かった様な分からない様な結末を迎えるという、「30年前の映画」だとしても決して許されない出来の悪い脚本だと私は思います。

また、映像面でも何一つ特出すべき点はなく、単に脚本をなぞり上映時間の「1時間43分」を埋めただけの様に思われます。
夜の新宿の裏路地で、技師の一人が突然現れた野犬の群れに襲われるというシーンがあるのですが、それもどう見ても「餌を隠し持っている男に詰め寄って皆じゃれ合っている健気な犬たち」にしか見えないのであります。


んで、ここからが本題です。

私はこれを最近DVDで見たのですが、そこに映像特典として当時の劇場予告編が入っていました。
これが大変素晴らしかったのであります。

そもそも予告編とは「客を呼び込むための方便」でありますから、「本編より面白く」作られていて当たり前なのであります。
とはいえ時々、「こんな予告編作っちゃって、どういうつもり何だろう?」と疑問を感じるヤツもあるのですが、本「犬神の悪霊」の予告編は実にケレン味たっぷりによく出来ており、おそらく本編よりも遙かに達者な「職人演出家」によるものであろうと推測します。

内容は本編からのハイライトシーンでモンタージュされており、その全カットに当時の東映映画らしく(かどうかは判りませんが)、画面一杯に広がる「極太の筆文字」で書かれた「惹句」がフェードインやらナメ出しで、「どーん!どーん!」と(SEは無いのですが)次々に出てくるのであります。
それを読み上げる無粋なナレーションも一切無く、映画の画像と気味の悪い音楽、そして最初から最後まで展開する筆文字のみで構成されているのでした。

過剰なほど多くの「惹句」が映画の世界観を構築、いや捏造し、ケレン味溢れた「名予告編」となっているのです。

以下はその内容です。
カッコ内は漢字に振られた「ルビ」なのであります。



・遂に登場!!
・日本初の本格オカルト!
・犬神の悪霊(たたり)
・日本の秘境
  久賀村と
・大都会の
  狭間(はざま)に
・現代科学を
  超(こ)える
・魔界があった!
・人の憎しみを
  かきたてる
・犬神とは何か?!
・人の心を
  喰いつくす
・犬神とは何か?!
・あなたも
  憑かれる
・犬神の恐怖!!
・愛と憎しみが
  織りなす
・恐るべき
  人形模様(ひとがたもよう)

・運命(さだめ)に挑み

・魔と戦う
・大和田伸也
・愛と生き
・愛に死ぬ
・泉じゅん
・恋に悶え
・恋に狂う
・山内恵美子
・神を怨(うら)み
・血を呪う
・室田日出男
・光と戯(たわむ)れ
・闇に跳ぶ
・長谷川真砂美

・呪われた

  村
・呪われた家
・幻と現実が
  交錯する
・四次元の
  魔界
・闇の底から
  呼ぶ声が
・たたる!!
・たたる!!
・狂気が
  狂気を呼び
・死が
  死を招く
・監督 伊藤俊也
・犬神の
  悪霊が
・全(すべ)てを
  破壊しつくす!
・久賀村を!!
・日本列島を!!
・あなたを!!
・犬神の悪霊(たたり)
・犬神の悪霊(たたり)
・近日 当館にて公開




いやあ、もう煽る煽る。
映画の内容と多少関係なくても、もう煽り巻くっています。
私はこの予告編にいたく感激したのであります。

「恐るべき 人形模様」の「人形模様」を従来の「人間模様」とせず、さらにわざわざ「ひとがたもよう」とルビを振っているのも、何だか意味ありげで格好良いのです!

「運命に挑み 魔と戦う 大和田伸也」から始まる一連の登場人物紹介シークエンスも実にそそられる見事な展開です。
「愛と生き 愛に死ぬ 泉じゅん」「恋に悶え 恋に狂う 山内恵美子」と畳み込む様に繰り出される「対となったフレーズ」も、思わず「いよっ!名調子!」と声を掛けたくなります。
そして何より最後「光と戯れ 闇に跳ぶ 長谷川真砂美」(彼女は物語の後半にキーとなる美少女なのですが)の「光と戯れ 闇に跳ぶ」というキャッチも、とても詩的で格好良いのであります!

「幻と現実が 交錯する 四次元の 魔界」の「よく解らないけど『四次元』って言葉、使っておけ」という思い切りの良さも格好良い!

「全てを破壊しつくす!」から続く「久賀村を!!」「日本列島を!!」「あなたを!!」の「日本列島を!!」と大上段に振りかざした大袈裟ぶりも格好良く、そこから急に「あなたを!!」と個人の問題にすり替えているのも格好良いのです!

いやいや別に決して揶揄しているワケではありません。
私はこの予告編は本当に素敵だと思ったのです。
映画という「予告編」に必要かつ大切な、「ああっ、何だか良く判らないけど、これ観たい!観て全てのモヤモヤを氷解したい!」という原初的な欲求を確実に与えてくれるのです。
ああ、本当に素晴らしい!



もっとも繰り返しになりますが、映画自体は実に詰まらないです。




目次へ                               次のエッセイへ


トップページへ

メールはこちら ご意見、ご感想はこちらまで