SYU'S WORKSHOP
ESSAY VOL.93
「奇妙奇天烈、杉浦茂」
について

(2008年6月7日)


「杉浦茂」は戦前から戦中を経て、戦後に大活躍した私の大好きな児童漫画家です。


杉浦茂は戦前に発表した忍術漫画「金蝙蝠」について、「日本児童文化になんら貢献しない、馬鹿馬鹿しいまでに、荒唐無稽を絵にした様な『ゲラゲラまんが』なのだ」とコメントしています。
これは戦前戦中戦後一貫して貫かれた彼の創作スタンスの様に思います。

杉浦茂の漫画は大きく4つに分けられます。
初期の「秘境冒険物」と「西部劇物」、そして中期以降の「SF物」と「忍者物」です。
私はこの「忍者物」が特に大好きなのです。

全盛期は昭和30年代(1955〜)頃で、「決戦忍術城」「怪星ガイガー」「ドロンちび丸」「少年西遊記」「猿飛天助」「少年児雷也」等々、今読んでもとても面白い数々の傑作を残しています。

もちろん私はリアルタイムで読んでいたワケではなく、1980年代に「杉浦茂ブーム」なるものが静かに巻き起こり、復刻本を通じその頃熱烈なファンになったのでした。


彼の描く世界は、奇妙奇天烈で奇々怪々。
奇想天外で奇怪千万。
奇趣溢れる奇抜なストーリィで、奇異なキャラクターたちが奇態を凝らして奇矯な奇術合戦を繰り広げるのです。
まさに「杉浦漫画」は「奇」が付く単語ばかり並ぶ、抱腹絶倒のヘンテコ漫画なのです。
主なお話は戦前の「立川文庫」に題を取った物が多く、「児雷也」「豊臣秀吉」「猿飛佐助」「水戸黄門」などが、シュールでナンセンス、キッチュでポップに「杉浦漫画化」されているのでした。



馬鹿馬鹿しくも天衣無縫、「センスオブワンダー」なのは物語だけではありません。
杉浦茂の描くキャラクターは皆「変」なのであります。

特徴的なのは、まるで「幼児画」の様な一見稚拙に見える絵柄ですが、元々「油絵画家」を目差していて、生活出来なくてしょうがなく「漫画家」になったと言う杉浦茂、「へたうま漫画系」の元祖とも呼ばれています。


一番最初に目に付くのは、主人公たちのくりくりした「ドングリ眼」です。
こういうヤツです。



いつもながらの私の下手な「模写」なのは、ご勘弁下さい。
この様な眼を「パイカット・アイ」と呼び、初期のディズニー・キャラにもよく見られた特徴であります。

可愛らしくて(その実、杉浦キャラたちは劇中何も考えていない事が判るのですが)無垢の眼を、昔「戸川純」は「無自覚な顔」と絶賛していました。


また、主人公たちが「見得を切る」際の「手の形」も杉浦キャラの大きな特徴の一つです。
こういうヤツです。



実に愛らしく可笑しいポーズです。
しかしこの直後、「デレン」やら「デレデレーン」という擬音と共に、理解不能な魑魅魍魎に変身したりするので、これに油断は出来ないのです。


杉浦漫画の中では、登場人物たちが物を食べてるシーンがよく登場します。
その時の「口の形」が、また素晴らしいのです。
こういうヤツ。



いかにも「もぐもぐもぐ」と美味しそうに食っている感じが出ているとは思いませんか。
「前歯」ではなく「奥歯」で、味を楽しむように「もぐもぐもぐ」としっかり咀嚼している様子が見事に表現されています。

杉浦漫画に食事のシーンが多いのは、彼が食いしん坊だったと言うのではなく、その反対で、彼が幼い時、病弱のためあまり物が食えなかった事にあるのだそうです。
その反動で「せめて自分の漫画の中では好きなだけ、食べたい時に食べたいだけ物を食わせてやろう」と思ったのだそうです。

また、作中よく登場する「おでん」や「ほしいも」は、杉浦漫画には欠かせない必携アイテムでもあります。


こんな主人公に対し、ヒロインとして登場する女性キャラは、と言うと。
こんな感じです。



とても「眠たそうな」眼をしているのであります。
杉浦漫画に登場する「お姫様」は、皆この眼をしています。

いかにも元気な少年らしい「まん丸目玉」の主人公と、この「眠たそうな眼」をしたヒロインとのギャップも、とても素敵です。
おそらくこれは杉浦茂考えるところの「二重瞼の艶っぽい美少女」という記号なのでありましょう。


そして時々、化け物や怪物に用いられる「点描の眼」。
こんなのです。



これは強烈です。
私は初めて杉浦漫画でこの「点描の眼」を見た時には、軽いショックを受けたものです。
今でも「点描で眼を描く」なんて事は、他の漫画家、誰もやっていないのではないでしょうか。
この実体のない不気味な「点描の眼」にも、しっかり「杉浦茂印」が押されているのであります。

ちなみに、このキャラの名前は「四次元ボーヤ」という名前で、他の作品にも度々登場しています。


こうして、通常の「主人公」や「お姫様」、または「その仲間たち」自体が「ヘンテコリン」な連中なのですが、そこに出てくるお化けや怪物は、さらに「理解不能」で「シュール」な描写をされています。

私が常々「何じゃこれは?」と思っているのは、時々出てくる「お化けの歯」、なのであります。
こんな感じ。



「歯」があちこちから自由気ままに生えているのは「乱杭歯」と言う事で理解出来ないでもないのですが、謎なのは、この「枝分かれした歯」の存在なのであります。
これは一体どういった事でしょうか。
何なんでしょうか。
「枝分かれした歯」って・・・。

理解不能、解釈不能なのであります。
これも実に素晴らしい「杉浦茂印」なのであります。


杉浦漫画は魑魅魍魎たちのオンパレードです。
本当の妖怪や怪物だったり、主人公の「忍術使い」が化けた「お化け」だったり様々です。
私は杉浦漫画の「異形たち」が大好きです。
みな不気味でシュールで気味悪く、そして、どこか滑稽で愛おしいのです。

例えばこんなの。



これは「さるとび天助」の中の「形部だぬき」の手下の狸が化けたお化けです。

また、例えばこんなの。



これは「日輪丸」の中、中国の妖怪狐「聖姑(しょんくう)」が化けた怪物。

例えばこんなの。



これは「少年児雷也」の「児雷也」が、父の仇である「更科城」の「更科入道」と家臣の前に化けて出た姿。

この「何が何だか解らな」さが、とっても素晴らしいと思います。
人は「頭の中で想像出来ない事は描けない」と昔から言われていますが、杉浦茂はその枷すら簡単にクリアしている様な気がするのです。

ちなみに、この化け物が更科城内に現れる時のセリフが秀逸です。
「えろう おそなはりまして」。
これに対して家臣たちが言うセリフが、
「いやよう」。



「SF者」でもある私は、杉浦茂の漫画に出てくる「巨大ロボット」も大好きです。
こういうヤツです。



これは「怪星ガイガー」では「ロボット号」、「ドロンちび丸」では「ガーぼう」と呼ばれていました。

これは、



「少年児雷也」に出てくる「ソロモン老人の歩く家」と呼ばれる巨大ロボットです。

これは、



同じ「少年児雷也」に出てくる「ソロモン王の秘宝」を守る「巨人」です。

この巨人は財宝を求めてやって来た「略奪者たち」を追い詰めて、体内に宝を残したまま、無念、湖底に沈んでいくのであります。
まるでスピルバーグあたりが映画にしそうな、大スペクタクルな結末なのでした。

以上、繰り返しますが私の拙い模写ですので、多少似てないところは何卒ご勘弁下さいませね。



さて、杉浦漫画には数々の名台詞も登場します。
それは杉浦茂のお気に入りのセリフの様で、いくつかの作品に繰り返し登場しています。


「えい めんどうなり」
これは主人公が敵をまとめてやっつける時のセリフです。
「伝家の宝刀」を取り出す時にも使われます。


「よしなよ」
これは悪者がやっつけられる時のセリフです。

少年剣士が悪者の頭を刀で横真っ二つにしている時でも、悪者が「よしなよ」と困った顔で言っているのには、私ブッ飛んでしまいました。
また、急に出現した化け物に対して、この「よしなよ」とか「いやよう」と叫んだりしています。
同様のセリフで、「じょうだんじゃないよ」も頻繁に登場しています。


「はらぺこちゃんりん そばやのふうりん」
このバリエーションで「おやばかちゃんりん そばやのふうりん とこやのしちりん わっはっはーだ」という囃し方もありました。


「えんちゃか ホイ それ えんちゃか ホイ」
これは走る時や、何かの調子を付ける時のかけ声です。


「あばよ ちばよ とっとりけーん」
これにはさらに一コマ使って「杉浦 このせりふ すきなんだよね」と解説していたりします。


「さわぐな 町人」
茶々を入れてきた相手に対して、一丁両断に切り捨てる時のセリフです。


「シャツをよけいに きるのもよいと ぞんじますが」
これは定番セリフではないのですが、大いに私が笑ったセリフです。
出典は「怪星ガイガー」より。
度重なる地球の水爆実験の影響を受け、怪星ガイガーが異常低温に見舞われます。
そこで彼らは地球への移住を計画します。
怪星人にとって地球人は食料にもなるという怖ろしい一挙両得もあったのです。
それに対抗するのが主人公の少年科学者「ロケットボーイ」。
いろいろな大冒険があった末、最後、怪星ガイガーの王様との和解が成立します。
「なんとか かがくのちからで あたたかくくらせるように わしたちは くふうをしてみるよ」との王様のありがたい言葉に対し、「ロケットボーイ」の助手「ダルマのダルちゃん」が、上記のセリフを屈託なく言うのです。
「余計な事を言うな!」と、笑いながら突っ込んでしまいました。
今で言う「KY(空気読めない)」ってキャラですね。


「ええと なにができるかね」
「なんでもできるよ」
「じゃ かっぱのまるやきに からすてんぐのうまにでも もらおうか」
「そんなのむりだよ」

出典は「水戸黄門漫遊記」。
峠の茶屋に入った水戸光圀と茶屋の小僧との会話です。
意味なく「無茶苦茶」言う黄門様と、それにまともに応えている小僧の会話がとても可笑しいのです。
「そんなのむりだよ」
そりゃそうです。



最初にも書いた通り、私の杉浦茂好きは、1980年代の複刻本ブーム時から始まりました。
今回のエッセイを書くにあたって、その当時買った本をパラパラと引っ張り出して来て読んでみたのですが、その中の一冊が杉浦茂の「サイン入り本」で吃驚しました。
そんな事、すっかり忘れていたのです。

それは1981年に「中野書店」から出た「杉浦茂傑作選集」の中の一冊で、限定500部、私のは「410部目」との手描きの記載もありました。
その「杉浦茂傑作選集」は全4冊+1冊で、価格は「9千800円」。
私はその値段にも、さらに吃驚したのであります。


杉浦漫画の影響を受けた漫画家としては、有名なところでは「赤塚不二夫」が挙げられます。
「レレレのおじさん」などはモロに杉浦茂キャラなのであります。
それ以外でパッと思いつくのは、「勝川克志」「本秀康」「村上隆」などですが、「漫画家」というより「イラストレーター」や「現代アーティスト」と言うべき方々でありましょう。
ちょっと寂しい様な、それはそれで良い様な。
(後になって気が付いたんですけども、本秀康の最初の単行本〈たのしい人生〉の帯に、杉浦茂自身が推薦の言葉を書いているんですね。すなわち、〈とつぜん見せられた“白日夢”、異様につづく不思議な世界・・・、私は彼のマンガを支持します〉。なるほど)

明治41年生まれの杉浦茂(1908年4月3日〜2000年4月23日)は今年(2008年)「生誕100年」にあたります。
私はてっきり何処かで「生誕100年 杉浦茂展」なるものが開催されるとばかり思っていたのですが、私の知る限り今のところ、それもなさそうなのです。

いいのか。
それで。




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