この前、夜遅く風呂に入っていたら、通りの何処かで酔っぱらいが大きな声で歌を唄っていて、とても吃驚したのであります。 酔っぱらいが歌を大声で唄っていた事にではありません。 その歌自体に、私は吃驚したのです。 「♪地球の上に朝が来る その裏側は夜だろう♪」 私は何十年かぶりに、この懐かしい歌を聴いたのでした。 声から判断すると年寄りではなく、いや反対に若い男の様でした。 それにも吃驚しました。 若いヤツが何故? どうして今?何でこの歌を? 「♪地球の上に朝が来る その裏側は夜だろう♪」 私が小さい頃、テレビの寄席番組とかで、お洒落でモダンな格好をした「年輩歌謡漫談グループ」が、よくこの歌を唄っていたモノです。 正月番組の「新春初笑いなんとか寄席」でも、必ずこの歌が聴けたモノでした。 「♪地球の上に朝が来る その裏側は夜だろう♪」 この歌が可笑しいのは、「実に当たり前の事」を、さも「重大な発見」であるかの様にしたり顔で熱唱する、その馬鹿馬鹿しさにあります。 そして繰り返し聴けば聴くほど、この歌には「深遠な宇宙の真理」を示唆している様な気がしてきます。 「そりゃ、そうだ」という最初の脱力系トホホな思いは、次第に「とても重要な事を聞いた」という、まるで人生の真相に辿り着いたかの様な錯覚に囚われるのです。 「♪地球の上に朝が来る その裏側は夜だろう♪」 「地球の上に朝が来る」に続く対になったフレーズを、「その下は」でも「その反対は」でもなく「その裏側は」としたのも、実に見事です。 「裏側」という言葉には、「真実を言えば」とか「ここだけの話だけど」という、何やら秘密事めいたニュアンスが感じられるからです。 最初の歌詞を「地球の上に」の「上」としたもの大変素晴らしい。 出だしを「地球の表に朝が来る」としていたら、次に「その裏側は」と展開する事が何となく判ってしまうからです。 調べてみると、これは「昭和14年(1939)」に、ボードビリアン「川田義雄(戦後、晴久に改名)」が作詞した歌である事が分かりました。 戦前の話です。 ジャンルは「浪曲歌謡」と呼ばれるモノで、浪曲の調べを今風(当時の昭和歌謡曲風)にアレンジした音楽でした。 彼が率いる歌謡漫談グループ「あきれたぼういず」や「川田義雄とミルク・ブラザーズ」の舞台出演時のテーマソングとして唄われ、それがレコード化され大ヒット、時代やメンバーが変わりつつ「川田義雄とダイナ・ブラザーズ」「灘康次とモダンカンカン」と歌い続けられて来たのでした。 私の記憶に残っているのもオリジナルではなく、その歌い続けられてきた方だと思います。 「♪地球の上に朝が来る その裏側は夜だろう♪」 この歌は次のように続きます。 「♪西の国ならヨーロッパ 東の国は東洋の♪」 「♪富士と筑波の間(あい)に流るる隅田川♪」 「♪芝で生まれて神田で育ち♪」 「♪今じゃ浅草名物で ギター鳴らして歌うたい・・・♪」 何の事ぁない、大仰に「地球」から始まったこの壮大な歌詞は、結局一人の芸人の下世話な話へと転じていくのでした。 この展開にも素直に感心してしまいます。 話ちょっと変わります。 大昔、とある有名広告代理店のコピーライターが作ったコピーを聞いて、私は大笑いした事がありました。 と同時に、それを考えた人を「こいつは馬鹿だ無能だ」と冷ややかに軽蔑したのでした。 「コピー」とは、TVCMや新聞雑誌広告で使われる「惹句」の事で、商品を注目させるための言葉、コピーライターとはそのコピーを作る人の事であります。 その大笑いしたコピーとは、 「健康的な生活。それを私たちは『ヘルシー・ライフ』と呼びます。」というモノでした。 健康的な生活がヘルシー・ライフなのは当たり前です。 日本語を単に英語に言い直しているだけです。 ここには本来あるべき企業側の主義主張も、ユーザ側に役立つ情報も含蓄も何も無い、コピーライターとして恥ずべき最低最悪のコピーだと思います。 一見偉そうな宣言している様に見えて、このコピーには何もありません。 これには一切のクリエイティブが感じられません。 しかし、このコピーは当時私の仲間内で密かに流行り、いくつかの揶揄したパロディを考えたりしたのでした。 悪趣味です。 例えば、 「車のある生活。それを私たちは『カー・ライフ』と呼びます。」 とか、 「人の暮らし。それを私たちは『ヒューマン・ライフ』と呼びます。」 とか、 「素晴らしい人生。それを私たちは『ビューティフル・ライフ』と呼びます。」 等々であります。 いずれも日本語を英語に言い替えただけの、とても馬鹿馬鹿しい下らないコピーです。 いや、コピーとも呼べないモノばかりです。 しかし、これらのコピーも「あまりにも当たり前すぎる」と反対に、「そんなハズはない」「ひょっとすると?」「裏に何か隠された深い意味があるに違いない」と勝手に勘ぐり始め、段々とありがたい言葉の様に感じられてくるのでした。 え?そんな事ぁないですか。 「♪地球の上に朝が来る その裏側は夜だろう♪」 人生、陽が当たっている時ばかりではありません。 その裏側にはいつでも夜が控えているのです。 しかし、それもやがては、陽の当たる方へと転じていくのでありましょう。 人生 糾える縄の如し。 良い事もあれば悪い事もあるのです。 もちろん、その反対も。 それは永遠に死ぬまで繰り返されるのです。 なんつって。 |
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