SYU'S WORKSHOP
ESSAY VOL.94
「地球の上に朝が来る」
について

(2008年6月14日)


この前、夜遅く風呂に入っていたら、通りの何処かで酔っぱらいが大きな声で歌を唄っていて、とても吃驚したのであります。

酔っぱらいが歌を大声で唄っていた事にではありません。
その歌自体に、私は吃驚したのです。

「♪地球の上に朝が来る その裏側は夜だろう♪」

私は何十年かぶりに、この懐かしい歌を聴いたのでした。


声から判断すると年寄りではなく、いや反対に若い男の様でした。
それにも吃驚しました。
若いヤツが何故?
どうして今?何でこの歌を?



「♪地球の上に朝が来る その裏側は夜だろう♪」

私が小さい頃、テレビの寄席番組とかで、お洒落でモダンな格好をした「年輩歌謡漫談グループ」が、よくこの歌を唄っていたモノです。
正月番組の「新春初笑いなんとか寄席」でも、必ずこの歌が聴けたモノでした。



「♪地球の上に朝が来る その裏側は夜だろう♪」

この歌が可笑しいのは、「実に当たり前の事」を、さも「重大な発見」であるかの様にしたり顔で熱唱する、その馬鹿馬鹿しさにあります。
そして繰り返し聴けば聴くほど、この歌には「深遠な宇宙の真理」を示唆している様な気がしてきます。
「そりゃ、そうだ」という最初の脱力系トホホな思いは、次第に「とても重要な事を聞いた」という、まるで人生の真相に辿り着いたかの様な錯覚に囚われるのです。



「♪地球の上に朝が来る その裏側は夜だろう♪」

「地球の上に朝が来る」に続く対になったフレーズを、「その下は」でも「その反対は」でもなく「その裏側は」としたのも、実に見事です。
「裏側」という言葉には、「真実を言えば」とか「ここだけの話だけど」という、何やら秘密事めいたニュアンスが感じられるからです。
最初の歌詞を「地球の上に」の「上」としたもの大変素晴らしい。
出だしを「地球の表に朝が来る」としていたら、次に「その裏側は」と展開する事が何となく判ってしまうからです。


調べてみると、これは「昭和14年(1939)」に、ボードビリアン「川田義雄(戦後、晴久に改名)」が作詞した歌である事が分かりました。
戦前の話です。
ジャンルは「浪曲歌謡」と呼ばれるモノで、浪曲の調べを今風(当時の昭和歌謡曲風)にアレンジした音楽でした。
彼が率いる歌謡漫談グループ「あきれたぼういず」や「川田義雄とミルク・ブラザーズ」の舞台出演時のテーマソングとして唄われ、それがレコード化され大ヒット、時代やメンバーが変わりつつ「川田義雄とダイナ・ブラザーズ」「灘康次とモダンカンカン」と歌い続けられて来たのでした。
私の記憶に残っているのもオリジナルではなく、その歌い続けられてきた方だと思います。



「♪地球の上に朝が来る その裏側は夜だろう♪」

この歌は次のように続きます。

「♪西の国ならヨーロッパ 東の国は東洋の♪」
「♪富士と筑波の間(あい)に流るる隅田川♪」
「♪芝で生まれて神田で育ち♪」
「♪今じゃ浅草名物で ギター鳴らして歌うたい・・・♪」

何の事ぁない、大仰に「地球」から始まったこの壮大な歌詞は、結局一人の芸人の下世話な話へと転じていくのでした。
この展開にも素直に感心してしまいます。



話ちょっと変わります。

大昔、とある有名広告代理店のコピーライターが作ったコピーを聞いて、私は大笑いした事がありました。
と同時に、それを考えた人を「こいつは馬鹿だ無能だ」と冷ややかに軽蔑したのでした。

「コピー」とは、TVCMや新聞雑誌広告で使われる「惹句」の事で、商品を注目させるための言葉、コピーライターとはそのコピーを作る人の事であります。

その大笑いしたコピーとは、
「健康的な生活。それを私たちは『ヘルシー・ライフ』と呼びます。」というモノでした。

健康的な生活がヘルシー・ライフなのは当たり前です。
日本語を単に英語に言い直しているだけです。
ここには本来あるべき企業側の主義主張も、ユーザ側に役立つ情報も含蓄も何も無い、コピーライターとして恥ずべき最低最悪のコピーだと思います。
一見偉そうな宣言している様に見えて、このコピーには何もありません。
これには一切のクリエイティブが感じられません。


しかし、このコピーは当時私の仲間内で密かに流行り、いくつかの揶揄したパロディを考えたりしたのでした。
悪趣味です。
例えば、
「車のある生活。それを私たちは『カー・ライフ』と呼びます。」
とか、
「人の暮らし。それを私たちは『ヒューマン・ライフ』と呼びます。」
とか、
「素晴らしい人生。それを私たちは『ビューティフル・ライフ』と呼びます。」
等々であります。
いずれも日本語を英語に言い替えただけの、とても馬鹿馬鹿しい下らないコピーです。
いや、コピーとも呼べないモノばかりです。

しかし、これらのコピーも「あまりにも当たり前すぎる」と反対に、「そんなハズはない」「ひょっとすると?」「裏に何か隠された深い意味があるに違いない」と勝手に勘ぐり始め、段々とありがたい言葉の様に感じられてくるのでした。
え?そんな事ぁないですか。



「♪地球の上に朝が来る その裏側は夜だろう♪」

人生、陽が当たっている時ばかりではありません。
その裏側にはいつでも夜が控えているのです。
しかし、それもやがては、陽の当たる方へと転じていくのでありましょう。
人生 糾える縄の如し。
良い事もあれば悪い事もあるのです。
もちろん、その反対も。
それは永遠に死ぬまで繰り返されるのです。



なんつって。




目次へ                               次のエッセイへ


トップページへ

メールはこちら ご意見、ご感想はこちらまで