私は模型作りと共に、ミステリー小説が大好きなのです。 と言うワケで。 以前書いた「モデラー殺人事件(仮題)」の第二弾を考えてみました。 「モデラー殺人事件(仮題)」を書いたのが2003年11月ですから、「8年ぶり」の続編なのであります。 こりゃ、小説家には成れそうもありませんね。 「お久しぶりです」 突然声をかけられて恩田原(おんだわら)警部は驚いてふり返った。 「あ、君は」 「以前、荻窪の事件では大変お世話になりました」 屈託のない笑顔を見せるその青年は、ちょうど半年前の東京杉並区で起こった不可解な殺人事件を、見事な推理で解決に導いた「名探偵」であった。 「なんで君がこんな所にいるんだ?」 場所はS県S市にある「トライ・サイズ」というイベント会場。 「全日本模型大博覧会」の最終日の事である。 「全日本模型大博覧会」とは、毎年五月中旬、四日間に渡って開催されるプラモデルの祭典で、四日間の前半二日は業者招待日で模型メーカの新作発表会が問屋や小売業者を招いて行われる。 後半二日はそれに全国のモデラーたちの展示会「モデラー大作品展」が加わり一般公開日となる。 「全日本模型大博覧会」は今年55回目を迎え「モデラー大作品展」自体は第30回となる。 各地で模型の展示会は行われているが「モデラー大作品展」は年に一度の日本のモデラーたちの総決算といわれているのだ。 四日間を通じ入場者数は30万にも及び、関東近県はもちろん日本全国、アジアの中国、韓国、台湾からも人が集まる、屈指の一大イベントなのである。 「いやあ、鰻食いに来たんですよ。この近くに石橋っていう」 「き、君はこんな所まで東京から鰻を食いに来るのか」 「鰻、好きなんですよ。ついでにモデ大展も見に来たんですが、そんな事より・・・」 また、殺人事件が起こったのだ。 最初の被害者が発見されたのは最終日の閉幕直後、午後4過ぎであった。 「最初の」というのは、本件が連続殺人事件だからである。 一番目の遺体発見から続いて二番目、三番目の遺体が発見されたのだ。 幸いだったのは、最初の遺体発見時が閉幕後で、大半の客が退館中で大騒ぎにならなかった事である。 第一の被害者はP県のモデラーAだった。 鑑識の結果、死亡推定時刻は午後3時頃。 午後4時過ぎトイレ清掃をしている業者により、「アルファ館」の中央トイレで絞殺体で発見された。 調査の結果、彼は戦車模型を得意としている「モデラー大作品展」の常連ベテラン・モデラーだった。 第二の被害者はK府のモデラーUである。 死亡推定時刻は午後3時半頃。 発見場所は「ベータ館」の「モデラー控え室」。 死因は鋭利な刃物による刺殺で、2年前からから「モデラー大作品展」に参加している新進気鋭の若手モデラーであった。 彼はアニメの巨大ロボットに、自分独自の解釈を加えた緻密な作品を作っていた。 そして第三番目の被害者はE県のモデラーGである。 死亡推定時刻は午後4時過ぎ。 発見場所は「シータ館」の屋上。死因は薬殺。 彼は模型業界の雑誌等で活躍するカリスマ・プロモデラーで、「モデラー大作品展」には5年前から参加していた。 プロモデラーゆえ、戦車や飛行機、車やバイクと、広範囲な模型を作っていた。 現場となった会場「トライ・サイズ」について少し説明しておこう。 「トライ・サイズ」はその名の通り三つの展示会場から成り立っている巨大イベント催事場である。 東京ドームほどある「アルファ館」「ベータ館」「シータ館」の三つの施設が、地上はもちろん二階同士が巨大な空中廊下で繋がっているのが特徴だ。 三つの建物の中心にある「中庭」には広々とした芝生と、大小様々な噴水のある12個の池があり、来場する人々の憩いの場所となっている。 「全日本模型大博覧会」では「アルファ館」が模型の新作発表会を、「ベータ館」では日本各地のモデラー作品展が、「シータ館」では模型やおもちゃのフリーマーケットとガレージキットの発売会が行われる。 そのフリーマーケットでは世界初のプラモデル金型や、実物のT35極初期転輪などマニア垂涎の物が販売されており、数年前、実弾装填済みのパンツァー・ファーストが取り引きされているのが発覚し、S県警が出動する大騒ぎになったのは記憶に新しいところであろう。 被害者は三人とも「モデラー大作品展」の参加者という点で共通しており、 一番目Aはアルファ館の中央トイレで絞殺、 二番目Uはベータ館のモデラー控え室で刺殺、 三番目Gはシータ館の屋上で薬殺、 されていたのだ。 |
「で、どうなんです?」 「な、何が?」 「犯人はもう判ったんですよね?」 恩田原警部と「名探偵」の会話は続いている。 時刻は夜の8時過ぎ。 アルファ館二階の大会議室に急遽設置された「全日本模型大博覧会連続殺人事件」の特設捜査本部の中である。 夕方前から降り出した雨が勢いを増し、会場「トライ・サイズ」全体を白煙で包み込んでいる。 その激しい雨音は会場の部屋の中にも響いている。 「そ、そんなすぐ犯人が分かってたまるか!だいだい君は一体誰の許可をとって」 「八楠(やぐす)さんに入れてもらいました」 八楠というのは恩田原の部下の巡査部長である。 「あの野郎・・・」 「で、三つの遺体現場にあった遺留品ですが」 「そんな物まで見せたのかっ!」 一人目の被害者、二人目の被害者、三人目の被害者、それぞれの傍らには奇妙な形のプラスチック片が置かれていた。 「このプラスチックは」 「あっ!それ、も、持って来ちゃったのか!八楠にすぐ鑑識に回すように言ったのに」 「ランナーですね」 大量生産される模型、プラモデルは「インジェクションキット」と呼ばれている。 鯛焼きの型の様に凹状に彫り込まれた金型の中に、溶けたプラスチックを流し込んで部品を作るのだが、その時プラスチックが流れる経路が「ランナー」である。 つまり、一つのプラモデルには大量のランナーが出るのである。 |
「これは最初の被害者近くに落ちてあったランナーですね」 「八楠はどっか遠くに飛ばしてやる」 「『MMR.』ってメーカの刻印がある。東欧の新興模型メーカですね。あそこは第二次世界大戦の珍しいソ連AFVを出すんですけど、合いが今ひとつ悪いんですよね。これは東欧キットの宿命ですかねえ」 「そうだ。唐瀬を巡査部長に昇進させよう」 「Aさんの死因は絞殺。 凶器は『4M』の20mm幅マスキングテープですね。ほら、あの黄色いヤツ。粘着面同士を向かい合わせ2枚重ねにすると、簡単には千切れないほど強度が出るんですよね」 |
「これは二番目の被害者の遺留品」 「長沼でもいいかなあ。でもあいつは野心家だからなあ」 「『ベンダイ』のランナーですね。 Uさんの死因は刺殺。 凶器は『ENEX』のピンバイス。普通取り付けるドリルは最大でも3.2mm径なんですが、特殊なアタッチメントを付け足して15mmなんて凶悪なドリルを使ってますね。そのアタッチメント、旋盤で自作したのかなあ。欲しいなあ」 |
「そして最後の被害者の遺留品。刻印から『ホシヤ模型』のランナーだと判ります。ほら、ここ」 「沓谷(くつのや)でもいいかなあ。あ、あいつはずいぶん前に足洗たんだっけ」 「Gさんは薬殺。凶器は・・・ウレタン樹脂。 俗に言うレジンキャストですね。 『MAVE』か『ベークス』か『ドビキャス』か。うーん・・・。ま、いずれにせよ体内熱で速硬化するレジンを飲んでますね。この手の揮発性有機化合物は普通自然に嘔吐してしまうのです」 「登呂(とろ)もいいかな。あいつ従順だしな」 「だから気管内で速硬化するレジンを使ったのでしょう。ですからGさんの死因は薬殺って言うより、窒息死というのが正しいでしょう。 いずれにせよ、この三つはダイイング・メッセージですね」 「え?ダイニング・メッセージ?」 「犯人が料理レシピ残してどうするんですか。ダイイング。殺された者が死ぬ間際に残すメッセージ。で、これを並べてみると」 |
「『屋上』になります」 S県には昔から有名な模型メーカが集まっている。 明治時代から木材を使った箪笥や家具等で名を馳せた土地なのだが、昭和になって竹ひご飛行機やソリッドモデルなどの模型で有名になり、それが戦後プラスチックを使ったプラモデルに移行したという。 また県の南は海に面し豊かな漁場に恵まれ「三千世界の烏を殺し 主とプラモと桜海老」と明治の歌人高杉晋郎が詠んだのは有名である。 「んん?」 「『んん?』じゃないですよ。だから、今回の犯人は屋上で自殺したGさんだと言っているんですよ」 「じ、自殺?」 「名探偵」が語る事件の真相はこうだ。 二番目の被害者Uと三番目の被害者Gが共謀して一番目の被害者Aを殺害し、その後GがUを殺害。 最後にGが自殺したのだという。 「な、なんで?」 「UとGはモデ大展の常連Aが邪魔だったんでしょう。 またGは若く気鋭のモデラーUを畏れていたんでしょう。そして二人を殺して最後Gは自殺した、と」 「なな、なんで?」 「これはモデラーに限った事ではありませんが」 しばらく前から雨の音が聞こえてこない。 もう雨は止んだのかも知れない。 それに呼応したかのように。 一際「名探偵」の声が高くなった。 「絵描きでも、彫刻家でも。 映画監督でも、小説家でも、漫画家でも。 詩人でも、イラストレータでも、人形作家でも、フォトグラファーでも 陶芸家でも、作曲家でも、ファッションデザイナーでも、書道家でも、建築家でも、CGアーティストでも、ゲームクリエイターでも、インテリアデザイナーでも、アニメ演出家でも、ミニチュア作家でも、レゴビルダーでも、フィギュアのスクラッチビルダーでも。 世の創造者は全て自分以外の同業作家に対しいつも畏れと嫉妬を抱いているのです。 力の差が歴然としている場合はまだ良いのですが同じレベルの者同士は最悪なのであります。 表面的にはどう見えようとも、その深層心理では互いを疎み心底反発を感じているのです。だがそれが己の創作力の源になっているのもこれ紛れもない事実。 あいつには負けたくないあいつよりも上手くなりたい、その一心で仕事に励んだり趣味の世界も一緒、知識を増やし技を磨き、より良い物の創作に励むのです。いわば負のエネルギーがとことん凝縮された結果、正のエネルギーへと変換され昇華されるのです。 もちろん人間は皆相手を畏れ拒み妬んでいるという概念すなわち競争し戦い戦争する事が人間本来の原質いわば人類進化の根元であるという考え方や自分以外他者への破壊衝動さらには自身をも含む破滅願望は60年代SF漫画の例えば石森章太郎、いや平井和正かな、のオリジナルなどではなく昔から歴史書にも明記されている事実であり真理なのであります。同業のクリエイターを畏れ嫉妬し憎み嫌悪し妬み恨み自尊心を傷つけられ自己を肥大させ人間の文明文化は、こっちではなくあっち、あっちではなく向こうへと、さらなる見果てぬ彼方を求め、まるで菌類が隙間のある場所をまさぐり捜し触手を伸ばす様にその活路を求め進化発展して行く、いや行ったのであります。それが造物主の掟であり全てのクリエイターの哀しい性であり決して外す事の出来ない表現者の枷なのであります。檻かな? その自己顕示欲こそが本来クリエイターの創作力・創造力の全ての源泉なのですが今回の場合その負のエネルギーの変換作業が何らかの瑕疵で上手く行かなかった希有で不幸な事例であったと言えるでしょう。最も屈折していない心に傷を負っていない造物主に作品など創れるわけない、いや創るべきではないのであります。『作品』とはそういうモノです。野菜も魚も肉も一番美味しく栄養があり他者の役に立つのは実質『皮』なのであります。何故なら皮は肉本体を守る『冷たい方程式』『A.T.フィールド』だからなのであります。傷ついた者だけが他者を癒す事が出来るとは誰にも受け入られない私の持論なのですが、ま、そ言う事なのであります。うん。うん。し。ししし。親鸞。 親鸞曰く。善人なおもて往生す、まして悪人においておや。人は皆唯一人旅に出て振り返らず泣かないで歩くのであります。嗚呼誰知るか百尺下の水の心。人間誰しも悩み苦しみ過ちそして成長し、桃太郎は満州に渡ってジンギスカンになるのであります。かの大ゲゥエテ曰く」 彼方の一点を見つめ「名探偵」の瞳孔が完璧に開いている。 恩田原は身動き出来ず「ぽかーん」と凍りついている。 状況を察知した八楠巡査部長が特設捜査本部に飛び込んで来た。 彼はS県名産の新茶で煎れた湯飲み「名探偵」の前に大きな音を立て「トン」と置いた。 それを「名探偵」は反射的にぐぐっと一気に飲み干し「あれ?何の話でしたっけか?」としばらく経ってから・・・ 言った。 「Uが・・・」と恩田原警部。 「UとGがAを殺し、GがUを殺し、最後にGが自殺した。じゃなんでGが屋上で自殺するって事をAもUも分かっていたんだ?ランナーのダイニ・・・ダイイング・メッセージが残っていたんだろ?」 「ああ、そうか。私がダイイング・メッセージと言ったのが悪かったんですね。失礼しました。この三つのランナーはダイイング・メッセージというよりGさんが残した『告解・懺悔』なのです。三つの現場にランナーを残していったのはGさん本人です。犯人は私です、という」 「ななな、なんで?」 「最後のランナーをよく見て下さい。『ホシヤ模型』のマークが付いていますよね」 「あ!屋上の自分がホシだと言っているのか!」 |
すでに夜10時を過ぎている。 事件発生から6時間ほどで全貌が解明したのは今回も「名探偵」のおかげと言えるだろう。 「ところで警視庁の警部が何でS県の事件の捜査をしているんです?」 特設捜査本部はすでに出ている。 会場「トライ・サイズ」からの去り際に、「名探偵」は恩田原に問い掛けた。 恩田原警部は驚くほど狼狽えた。 隣の八楠が「くく」と小さく笑った。 よく見れば恩田原はいつもの見慣れたグレーの背広ではなく、サンダルにGパン、上は黒い絞り染めのヨレヨレのアロハである。 とうに50を過ぎた男には到底見えない。警視庁の警部にも見えない。 「あ。そうか」 「ななな、なにが?」 「今年からモデラー大作品展に六つの模型クラブが初参加しています。その一つが『桜田プラプラ同盟』。警部はそのサークルに参加されていたんですね?」 警部は突然顔を真っ赤にし「あ、いや、わ、ワシはその、で、出戻りモ、モデラっていうのか、ほらタラゴンの、M7自走砲を、その」と何故か慌てて釈明するように言った。 「M7?ああ、二次大戦アメリカで作られ英国にレンドリースされた愛称プリーストの事ですね。そう言えばプリースト・司祭(Priest)とポリス・警察(Police)の語源は一緒だって知ってました?」 「そ、そしたらキャタピラはクステンの使わなあかんってクラブのみんなが」 警部の意味のない弁明を背に受けながら、「名探偵」は「じゃ、また」と右手を上げ去って行こうとしている。 我に返り恩田原が「名探偵」に叫んだ。 「き、君の名前って」 「名探偵。『なさぐり・すぐる』。よく『めいたんてい』って読まれて困っているんですよねー」 雨が止み美しく広がったフタロシアニンブルーの星空の下。 「名探偵」の姿が消えるように吸い込まれて行った。 てなヤツなんですが、どうでしょう? このアイディア、もう「ある」のかな? 禁無断転載。 この物語は「全て」フィクションです。 「プリーストとポリスの語源は一緒」も大嘘であります。 「親鸞」の所は私の好きな昔のアニメ「ビューティフル・ドリーマー(1984)」から引いてきました。 あしからず。 |
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