明転。 舞台中央に古い二階建ての木造店舗。 屋上には物干し台。 二階は住居なのだが、窓を塞ぐように大きな看板「川」「越」「食」「堂」がある。 一階は店舗。 曇りガラスが嵌まった格子の木枠が三枚。 真ん中を右に開くと店内である。 私は前に小劇場の芝居に嵌っていた事があったのです。 85年頃から10年間ぐらいの昔、いや、もはや大昔の話です。 店の表に六人の男女、右から若いサラリーマン、女子高生、中年の工場長、老人の小説家、中年の主婦、二十歳過ぎの保母が空を見上げ佇んでいる。 劇場全体にヘリコプターの音が響いている。 小説家「何かあったんですかな」 工場長「やたらとヘリが飛んでますね」 今はどうなっているのか判りませんが、当時はちょっとした小劇場ブームがありました。 面白い劇団が次から次へと誕生し、深夜テレビでもちょくちょく舞台中継(録画)していたモノでした。 ヘリコプターの音は※上手から※下手に移動していく。 六人はそれを目で追いながら芝居。 主婦「近くで事故とかあったんでしょうか?」 保母「まあ、怖い」 サラリーマン「単にここら辺がヘリの通り道なんでしょう」 女学生「ちぇ」 音が下手に消え、一人二人と「川越食堂」に入っていく。 ※「上手」は「かみて」と読み、観客から見て舞台の右袖の事。 主要人物が登場する時は「上手」からが多いのです。 ※「下手」は「しもて」と読み、観客から見て舞台の左袖の事。 人物が舞台から去る時や、「その他大勢」が登場する時は下手が多いのです。 上手から、白髪だらけの男がヨロヨロと出てくる。 ボロボロの探検服を着、水筒と双眼鏡をバッテンに胸に掛け、背中には大きなリュック。 リュックから虫採り網が高く屹立している。 放浪学者「私は日本各地を何十年もかけて、道端に落ちているオノマトペを収集して来た」 「日本語」を扱っているとなると、これは「井上ひさし」が座付き作家をしていた「こまつ座」かも知れません。 という事は、ここは「紀伊国屋ホール」かな? 何かを見つけ、舞台中央でしゃがみ込む。 右手の親指と人差し指を使い、そっと摘まみ上げ、 放浪学者「これは・・・『ペラペラ』だな」 さらに顔を近づけ観察し、 放浪学者「元は『ヒラヒラ』が成長してこうなったんだ。あっ」 急に指先から、四方八方の地面に視線を移し、悲しそうに、 放浪学者「『バラバラ』なってしまった」 何か探すようにフラフラと、下手に消える。 下手から、白衣を着た三人の男、1.5尺(約45センチ)の※サイコロを胸に抱え歩いてくる。 舞台中央でサイコロを扇状に展開し、その上に各自座って、 研究員A(苦々しく吐き捨てるように)「河童は・・・胡瓜だろ」 研究員B「あれかね?胡瓜に蜂蜜つけるとメロンになるって本当かね?」 A、Bを睨みつける。 あ、これは「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」のパターンだ。 という事はここは「ラフォーレ原宿」だったか。 研究員C「河童は茄子じゃないかな?」 研究員B「あれかね?茄子はやっぱ嫁に食わしちゃいけないのかね?」 AとC、共にBを睨みつける。 そこに研究員Dが、下手より走り込んでくる。 研究員D「か、か、河童が、見つかったぞーっ!」 そのまま上手に走り去る。 研究員A、B、C「え?」「何?」「河童?」とサイコロを持ち、Dを追って上手に消える。 ※「サイコロ」とは、木で作られ白く塗られた正六面体の事です。 サイズは数種類がありますが、基本的には両手で持ち運びできる大きさです。 これを舞台上で「椅子」に見立てたり、数個並べて「ベット」に見立てたりするのです。 天然パーマで半ズボンの小学生男子、上手より歩いてくる。 背中に大きな青いランドセル、大きな「紙の家の模型」を抱えている。 追いかけるように小学生女子、上手より登場。 同じく大きな赤いランドセル。 小学生女子「ねえねえ、それ(模型)見せてよお」 小学生男子「嫌です。民子さんガサツだから絶対壊します」 この二人は「山田のぼる」と「杉並民子」みたいですね。 じゃ「遊●機械/全自動シアター」の舞台だったか。 小屋は「新宿タイニイアリス」? 小学生女子「ガサツってなぁに?」 小学生男子「民子さんみたいな人の事です」 小学生女子(身をくねらせ)「ふぅん。ども。ありがとう」 小学生男子「僕。いつ褒めちゃったんだろう・・・」 二人「ねえ見せて」「嫌です」を繰り返しつつ、下手へ消える。 下手から、長女、次女、三女、四女、五女が歩いてくる。 また変わったみたいです。 服装はバラバラ(割烹着、スーツ姿、トレーナー等々)だが全員、スーパーにある買い物カゴをぶら下げている。 一列になって歩きながら芝居。 四女「やっぱ船に乗った方が良かったんじゃない?」 長女「あんたねえ。あんな船に乗ったら、どこに連れて行かれるか判らないじゃない。馬鹿ねえ」 次女「でも、あの船頭さん、とってもお優しいお顔していらっしゃいましたよ」 長女「あんたねえ。人を見たら泥棒と思え、渡る世間は鬼ばかり、弱肉強食・阿鼻叫喚、そんなヒロシに騙されて。あの『とってもお優しいお顔』に心を許して、船に乗ったが運の尽き。気がつきゃそこはマグロ船。馬鹿ねえ」 ああ判りました。これは「劇団 青い鳥」です。 場所は「青山円形劇場」でしょう。 私はこの劇団の舞台「青い実をたべた」が大好きだったのです。 面白い役者が揃っていました。中でも「伊沢磨紀」が好きだったなあ。 三女「何よ、マグロ船って?」 長女「朝から晩までマグロを釣らなきゃならない船の事よ。一生死ぬまでマグロ、マグロ、マグロ。あんたマグロの一本釣りってした事あるの?縁日の金魚すくいとは違うのよ。マグロの一本釣り。も、こぉーんな(と両手で)でっかいマグロを『えいやっ』と腰のバネを使って釣り上げるのよ。も、デェーヘン(大変)なのよ。それを一日何匹も何匹も何匹も、何日も何日も何日も『えいやっえいやっえいやっ』しなくちゃならないのよ。あんたに、その覚悟があるの?」 三女「・・・」 長女「どうなのよ?」 次女「・・・」 四女(こっそりと)「あんたはどう思っているの?」 五女「私は・・・」 この段階で四女まで上手に※捌けている。 五女ひとり舞台に残って、 五女「やっぱ私は乗る!」 歩いて来た方向と逆、下手にダダッと走り去る。 ※「捌ける」とは、舞台から小道具や大道具を出す事、あるいは人物が出ていく事をいいます。 下手から、※お釜帽を目深に被り黒いコートを着た男三人、各自、黒い自転車を押しながらやってくる。 自転車の荷台には紙芝居の黒い額縁。 夜の紙芝居屋A「山の向こうにお陽さま消えて」 夜の紙芝居屋B「地上の影も無くなって」 夜の紙芝居屋C「夕暮れ時は寂しそう」 夜の紙芝居屋A「鳶も烏ももういない」 夜の紙芝居屋B「太郎も花子ももういない」 夜の紙芝居屋C「夕暮れ時は寂しそう」 こんなセリフはいかにも「小劇場」っぽいですね。 私が小劇場に嵌ったのも、こおいう「ちょっと不思議な黒い部分」に惹かれたのです。 ちなみに※「お釜帽」とは、映画の金田一耕助が被っていた帽子です。 続いて上手より、少年ひっそりと登場。 少年「ねえ、おじさんたち、何か見せてくれよお」 一瞬ギョッとするが、すぐにニタリとする夜の紙芝居屋たち。 少年を取り囲む。 夜の紙芝居屋A「ぼうや、一人かい?」 少年「ぼくは一人だい」 夜の紙芝居屋B「おとうさんは?おかあさんは?」 少年「ぼくが赤ん坊の時に死んじゃったい」 夜の紙芝居屋C「帰るところはあるのかい?」 少年「帰るところは・・・」 たたん。 少年「光と闇の狭間に棲み、 人とお化けの外れに棲み、 昨日と明日の裂け目に棲み、 正義と邪悪の境界に棲む」 夜の紙芝居屋A「お、お前は」 夜の紙芝居屋B「き、き、」 夜の紙芝居屋C「鬼太郎!」 あっ。これは「劇団 3○○」だ。場所は「本田劇場」だっけかな? 少年、履いていた下駄を一段と高らかに鳴らす。 だだんっ!! 夜の紙芝居屋A、B、C「う、うわーっ!?」 暗転。 闇の中、ヘリコプターの音が近づいてくる。 会場全体ヘリコプターの爆音で一杯になる。 明転。 「川越食堂」の前の六人。 移動していく音を追いながら、 小説家「何かあったんですかな」 工場長「やたらとヘリが飛んでますね」 主婦「近くで事故とかあったんでしょうか?」 保母「まあ、怖い」 サラリーマン「単にここら辺がヘリの通り道なんでしょ」 女学生「ちぇ」 サラリーマン「ちぇって何だよ」」 音が下手に消え、一人二人と「川越食堂」に戻っていく。 またヘリコプターのシークエンスが出て来ました。 前に「漫画とは無いモノを有る事にして成り立っている表現方法だ」と書いた事がありました(漫画における『ない』けど『ある』)。 「演劇」も同様だと思います。 私は上記の様な「ヘリコプターが出てくる芝居」を何回か観たような気がします。 その「川越食堂」から別の女が出てくる。 短い髪に濃いめのルージュ。スパンコールの深紅のチャイナドレス。 舞台照明が一段落とされ、彼女にスポットライト。 せり上がってくるスタンドマイクの前で、歌い出す。 それは陽気で、どこか哀愁のあるデキシーランド・ジャズ。 歌手「♪My house is located at a very far and very near place♪」 屋上の物干し台にクラリネット奏者、いつの間にか登場。 衣装は白いスーツに黒い蝶ネクタイ(以下のバンドマンも同じ)。 ん?「博品館劇場」で公演していた「自由劇場」ですね。 何かややこしい・・・。 歌手「♪However, I will certainly return to the house♪」 物干し台にアルト・サックス奏者。 続いてトランペット、トロンボーン奏者。 歌手「♪Even if every day of pain and regret is waiting, I will surely go home♪」 「川越食堂」の裏(右)からコントラバス奏者とドラム奏者。 歌手「♪It's since that is the house where I was born♪」 「川越食堂」の裏(左)からピアノ奏者。 歌手「♪My house is located at a very far and very near place♪」 余韻の中で客席におじぎする。 その前に下手から、放浪学者が入ってくる。 舞台中央で床から何か摘まみ上げ、 放浪学者「あっ。これは『ワクワク』だ」 歌手とバンド・メンバー「えっ!?」 それを合図に上手から、研究員A、研究員B、研究員C、研究員D、長女、次女、登場。 下手から、三女、四女、五女、夜の紙芝居屋A、夜の紙芝居屋B、夜の紙芝居屋C、登場。 客席後方から、小学生男子、小学生女子、登場。舞台へ向かう。 満面の笑顔で、全員いっせいに歌って踊り出す。 全員「♪さあ朝だ!朝が来た!ボクたちの旅立ちの朝だ!」 ああ。これは小学生の時、担任の先生に引率されて、みんなで行った「日生劇場」じゃありませんか。 懐かしいなあ。 男性陣のダンスが止まり、いっせいにその場に固まって、 全員「♪月も消えた暗い夜、ボクらは仲間を求めて荒野を彷徨った」 女性陣のダンスが止まり、いっせいにその場に固まって、 全員「♪夜明け前の暗い道、ボクらは足元を照らして欲しかった」 再び全員が踊りだす。 全員「♪でも、ついに陽が昇った!闇夜は影に!不安は光に!」 舞台全体を使って、 全員「♪ボクたちの旅立ちが(終わる事のない)、冒険が(終わる事のない)、物語が(終わる事のない)始まったのだ!」 下手上空を指し、その方向を見上げたポーズで決まる。 みんな晴れやかな満面の笑顔で。 暗転 忍び込んでくるヘリコプターの音。 またまたヘリコプターです。何だろう? 明転。 「川越食堂」の前の六人、移動していく音を追いながら、 小説家「何かあったんですかな」 工場長「やたらとヘリが飛んでますね」 主婦「近くで事故とかあったんでしょうか?」 保母「まあ、怖い」 サラリーマン「単にここら辺がヘリの通り道なんでしょ」 女学生「ちぇ」 サラリーマン「ちぇって何・・・」 何かに気づき、前に出て五人全員をしげしげと舐め回す。 ヘリコプターの音、下手に消えていく。 主婦「どうかしたの?」 サラリーマン「僕たちって、さっきから同じ事、繰り返してませんか?」 工場長「なんだい、そりゃ」 サラリーマン「ヘリコプターの音を聴いて店から飛び出し、ひととおり全員が同じ事を喋る。ヘリが去ると再び店に戻って・・・これ繰り返していませんか?」 保母「まあ、怖い」 工場長、じろりと保母を睨む。 小説家「何のためにかね」 サラリーマン「それは・・・(言葉を濁し)僕と同じ事を思った人いませんか?」 お互い顔を見合わせ、全員しばらく黙っていたが、 女学生(ぽつりと)「あたしも・・・そう思ってた」 堰を切ったように一斉に喋り始める。 工場長「俺はただ昼飯食いに来たのに」 主婦「嫌だわ私、洗濯物干して来ちゃった」 小説家「これからどうなるのかね」 保母「早く戻らないと絵本の時間が」 女学生「学校行かなくていいんだ」 サラリーマン「僕たち、実はもうみんな・・・死んでいるんじゃないですかね?」 全員「えっ!?」 ガラスを砕いたような衝撃音。 うわ!?みんな死んでるって芝居は「安部公房」っぽいです。 「安部公房」の「演劇集団 安部公房スタジオ」? 「草月ホール」かな? 舞台照明が一段落とされ、下手に死神が現れる。 大きな鎌を持ちフード付きのマント。身長は異常に高く2メートル半はある。 フード越しに見える顔は、髑髏。 六人に向かって、ついて来いと手招きする。 え?え?私は小劇場の芝居だと思ってたけど「モンティ・パイソン」?しかも映画の?「人生狂騒曲」です。 工場長「や、やっぱ鯖味噌にしときゃよかった」 主婦「せ、洗濯物」 小説家「は、ひふへほ」 保母「ま、まあ、怖い」 女学生「し、死ぬのはヤ」 サラリーマン「ま、漫画じゃん」 上手に、トレジャーランドの従業員二人登場。 従業員A(死神を指さし)「あ、あんな所にいた」 従業員B「だからバイトは駄目なんだ」 六人の前を素通りし死神の所へ。 従業員A「お前なあ、あの人たちはゲストじゃないから」 従業員B「だいたい、ここホーンテッドマンションじゃねえし」 死神(髑髏の面を外ながら)「前、全然見えないンすよ」 と、従業員に引っ張られながら下手に退場していく。 主婦「ああ吃驚したわ」 工場長「何だったんだ」 保母「変だと思いました」 女学生「助かったあ」 なーんだ。 「モンディ・パイソン」と思っていたら、それをオマージュしている「ケラリーノ・サンドロヴィッチ」の「劇団健康」じゃないですか。 「新宿アシベ」の上のホールで観たなあ。 男性陣がみんな全裸で走り回っていたっけ。 サラリーマン「死神なんているわきゃ無いですよね」 小説家(人の顔を外すと髑髏)「いるよ」 全員「えっえーっ!!」 暗転。 本エッセイは「この劇団の芝居だったら、こんな感じかな?」と私が妄想して書いただけで、具体的に何かから引用したモノではありません(当時、小劇場に嵌っていたのは本当)。 そおいった意味で、「この劇団はこんな感じじゃないやい」という方がいらっしゃいましたら・・・。 申し訳ありません、であります。 禁無断引用転載。 |
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