SYU'S WORKSHOP
ESSAY VOL.84
「学園祭は終わらない(2)」
について

(2007年10月6日)


そしてもう一つ。
学園祭が出てくる大好きな映画があります。
山下敦弘の「リンダリンダリンダ(2005)」です。
※本エッセイは、リンダリンダリンダのストーリィが語られています。


ソンは戸惑っていた。
こんなに観客が集まるなんて、思ってもいなかったのだ。
文化祭最終日。
講堂の白ホリゾントには「芝 ROCK FESTIVAL」の大きなパネル。
舞台に立つ4人は全員びしょ濡れだ。
大雨の中、校門からここまで走ってきたのだ。
後輩部員から渡されたタオルで、急いで身体は拭いたのだけど。
気がつくとギターの恵が、心配そうにこちらを窺っているのが見える。
どうやら逃げ出す事は許されず、もう唄うしかなさそうだ。
ソンは小さく息を呑み込み、静かにマイクを握り歌い出した。
「ドブネズミ みたいに 美しくなりたい
写真には 写らない 美しさがあるから」
こうして高校最後の、彼女たちの文化祭が始まったのだ・・・。


「芝崎高校」は東京から離れた地方都市にある大きな共学校。
そこでは毎年9月に「3日間」もかけた文化祭が行われていました。
「リンダリンダリンダ」は、その文化祭の前日に急遽結成された4人の女子高生バンドが、最終日に「ブルーハーツ」を演奏するまでを描いた「4日間」の物語です。
その4人とは。
「ペ・ドゥナ」演ずる韓国からの交換留学生「ソン」。
「香椎由宇」演ずるギターの「立花恵(けい)」。
「前田亜季」演ずるドラムの「山田響子」。
「関根史織」演ずるベースの「白河望」。

本来、軽音学部の「恵」「響子」「望」の三人は、同じ軽音の「凛子」「萌」と組んでオリジナル曲を演奏する事になっていました。
ところが、ギターの「萌」が中指を骨折して舞台に出られなくなり、それが原因でボーカルの「凛子」と喧嘩別れし、バンドは空中分解、文化祭での演奏も危ぶまれていたのです。

そんな中、キーボードの「恵」が突然ギターをやると言い出し、抜けたボーカルの代わりに留学生の「ソン」が巻き込まれてしまいます。
本来、軽音でない「ソン」の勧誘も実にいい加減で、「この前のあの道、一番最初に通った人、ボーカル」、と適当に決まったのです。
そもそも「恵」「響子」「望」の三人は、それまで「ソン」とは友達でもなんでもありませんでした。
しかし、高校3年生である彼女たちは、最後の文化祭で何もやらないという結論を出すほど、大人ではなかったのです。


「女の子たちが一つの目的のためにチームを組む事になる」という設定を聞くと、いくつかの映画を思い浮かべる人も多いでしょう。

四国、松山の「伊予東高校女子ボート部」の5人の女の子たちの奮戦を描いた、磯村一路の「がんばっていきまっしょい(1998)」や、
北海道常呂町の「常呂高等学校」の4人の女子高校生が「カーリング・チーム」を結成する、佐藤祐市の「シムソンズ(2006)」、
福島、常磐の「ハワイアンセンター」開設のため炭坑の18人の女の子たちがフラダンサーを目差す、李相日の「フラガール(2006)」などです。
いや、「女子高生バンド」という事を考えると、山形、米沢の「山河高校」の16人の女子高生+1人の男子生徒がビックバンドジャズを演奏する、矢口史靖の「スウィングガールズ(2004)」が真っ先に思い浮かぶかも知れません。

以上に挙げた映画に共通するのは、みな大した「熱意」も「目的意識」もなくバラバラの理由と成り行きで、そのチームに参加する羽目になるという発端から始まり、失敗と勘違いのドタバタを繰り返しつつ、練習を重ねるに連れ仲間意識が生まれ結束が強くなり、一端ちょっとしたいざこざからチーム分裂の危機を迎えるエピソードを間に挟み、それが返ってチームの固い友情と信頼に転化された後、最後には皆が何らかの「達成感」を得て感動のエンディングを迎える、というものであります。
これは「青春群像劇」として多くの観客の共感を得る基本作術で、また「成長物語」いわゆる「ビルディングス・ロマン」の王道パターンでもあります。

しかし、「リンダリンダリンダ」はそれらの映画とは(それらの映画も私は好きですが)、少々違っていたのです。


上の「青春群像劇」に有勝ちな、登場人物の一人が劇中「高校最後の思い出を」とか「みんなで最高の思い出を」とか「青春の1ページを」とか声高に叫ぶ私の苦手な、いや大嫌いなシーンが「リンダリンダリンダ」にはありません。
有勝ちな「誰かが号泣する」というシーンもありません。
いや、映画の最初の方で、突然自分が唄わされる事になった「ブルーハーツ」の「リンダリンダ」を、軽音の部室でヘッドフォンで初めて聴かされた「ソン」が、意味完全に判らずとも感入って泣き出すシーンはあるのですが、それすら本作品では彼女の泣き顔を正面からは撮らず、ヘッドフォンをつけた彼女の後ろ姿と、そこに駆け寄り覗き込む「恵」「響子」「望」そして「ソン」4人の、「え、何で?どしたの?」「大丈夫?」「なに?」「ソンさん、泣いてるよ?」というセリフでのみ、描かれているのであります。
この適度に抑制された演出が素晴らしいのです。
「リンダリンダリンダ」は淡々と始まり、大した事件が起きぬまま進行し、そして終わっていく映画です。
しかし、それが実に良い、のであります。

本作品で描かれているのは、女の子たちの「成長物語」などではなく、「学園祭・文化祭」というものが持つ何かが起こるかも知れないという「期待感」と、何も起こらないかも知れないという「焦燥感」、そしてその両方を友人たちと共有する「一体感」なのであります。
高校の文化祭という特殊は空間が持っているその空気を、その同じ空気の中で生きる4人の女の子たちの輝きを、「リンダリンダリンダ」は描いているのでした。

限定された「4日間の物語」というのも、私の好きな理由の一つです。


ここは私の好きな昔の映画、中原俊の「櫻の園(1990)」に似ているかも知れません。
伝統的な名門女子校である「櫻華学園」。
毎年、春の創立記念式典では、演劇部による「アントン・チェーホフ」の「桜の園」が上演される事になっていました。
これはそのある年の、22人の演劇部員たちの「朝7時50分」から舞台の幕が上がる「10時20分」までの物語です。
毎年毎年決まって咲く美しい桜と、それに反して変わっていくしかない彼女たちの「どうして、いつまでも、このままでいられないんだろう」という呟きは、いつ観ても私の心を打つのであります。

また、映画的には今ひとつだと思いましたが、古厩智之の「ロボコン(2003)」にも同様のセリフが出て来ました。
山口の「徳山高等専門学校」に通う「長澤まさみ」演ずる「葉沢里美」は、先生に命じられるまま嫌々「第2ロボット部」に入部する事になります。
目標は「高等専門学校ロボットコンテスト」への出場。
最初はバラバラだった4人の部員たちが、全国大会まで勝ち進むに連れ仲間意識が強くなり、決勝戦前夜に「里美」が感極まってこう言うのです。
「文化祭ってこんな感じかな」。
「ずっと今日が続けばいいのにね」。
映画の真ん中辺で、人生で初めての「合宿」に向かう彼女が、軽トラの荷台で「月夜の海に 二人の乗ったゴンドラが 波も立てずに 滑ってゆきます」と山口百恵の「夢先案内人」を唄うシーンは、本作品で一番良いシーンでありました。

もう一つだけ、「学園祭」と聞くと思い出す映画を挙げておきます。
岩井俊二の「花とアリス(2004)」です。
これは「鈴木杏」演ずる「荒井花」と、「蒼井優」演ずる「有栖川徹子」の、ちょっとおかしな友情物語でした。
彼女らが入学した「手塚高校」で、映画終盤に登場したのが「手塚祭」という文化祭でした。
校門では「ブラック・ジャック」のコスプレをした男子生徒がビラを配り、「鉄腕アトム」の扮装をした学生たちがサークルの勧誘をし、校庭には巨大な「アトム」のアドバルーンが浮かんでいるという、用意周到に準備された虚構の世界で遊んだ学園祭でした。
講堂では演劇部の芝居が行われ、それが「ライオンキング」なのですが、「手塚治虫のジャングル大帝」→「ディズニーのライオンキング」→「舞台のライオンキング」→「手塚祭演劇部の演目」という二重三重のパロディに、思わずニヤリとさせられたのであります。


話を「リンダリンダリンダ」に戻します。


本作品は「高校の文化祭」を描いた作品だと書きましたが、主軸となるのは4人の女子高校生たちの姿です。
その4人のキャラクターが、またそれぞれ素晴らしいのです。
自分勝手で強気な「恵」。
誰にでも愛想の良い「響子」。
無口だけども一番しっかり者の「望」。
そんな彼女たちに巻き込まれる人見知りの「ソン」。
適材適所、4人の役者たちが実に魅力たっぷりに、4人の女子高校生を演じ切っていました。
実は「望」を演じた「関根史織」は役者ではなく、現役で活躍する若手ベーシストなのですが、「頑張って芝居しました」感がまったくなく、かといって「素人臭さ」もなく、とても瑞々しいリアルな存在感を発揮していました。
これはもちろん、監督「山下敦弘」の力量でもありましょう。
「ソン」を演じた韓国女優の「ペ・ドゥナ」は、ちょっと前からとても気になっていた役者で(いずれまた別のエッセイに書きますが)、「リンダリンダリンダ」も実は最初、彼女見たさに私は観たのです。
「恵」と「響子」を演じた「香椎由宇」と「前田亜季」は、以前から映画やドラマで知っていましたが、本作での二人の芝居は今まで観た中でベストであった様に思います。

本番まで彼女たちに残された4日間。
練習する時間を稼ぐため夜の部室に忍び込んだり、「恵」の元カレを頼って貸しスタジオ「STUDIO Q」にバスで出掛けて行ったり、一応は「練習シーン」に沿って物語は進んでいくのですが、その前後に付随するエピソードの方に、演出の比重は置かれている様な気がします。
女4人で夜の校舎に忍び込む時の高揚感。
元カレと話す時の気恥ずかしさ。
深夜、学校の屋上でスナック菓子とジュースを前に繰り広げられる取り留めのない楽しい会話。
校庭の花壇の前にペタンと座り、模擬店の焼きそばを食べる4人の焦燥感。
後輩の男子生徒から突然告白される「ソン」。
反対に好きだった男子への告白を決意する「響子」。
徹夜続きの部室で、ベースを抱え座り込む様に眠る「望」。
そして奇妙な夢の中、武道館の舞台でスポットを浴びている「恵」。

深夜の部室から聴こえて来る彼女たちの演奏を、離れた宿直室で事情を知っている軽音顧問「小山先生」が、缶ビール片手に耳を傾ける場面も、私の大好きなシーンの一つなのであります。

「リンダリンダリンダ」は現代の女子高校生を主役にしてる割には、何処か「ノスタルジック」で「リリカル」、そして私の好きな「ジュブナイル」の匂いも感じさせるのであります。


そして文化祭最終日、ライブ本番の日。
早朝の部室から機材搬出で後輩たちに追い出された4人は、最後の練習のため再びバスで「STUDIO Q」へと向かいます。
しかしそのスタジオで、連日続いた徹夜から知らずに爆睡してしまい、次に彼女たちが目覚めた時には公演時間の午後3時半を過ぎていたのでした。

非日常と日常。ハレとケ。
「祭りはいつか終わる」というのは「青春はいつか終わる」と同義であります。
だからこそ誰もが、それが永遠に続く事を願うのです。

大遅刻した彼女たちが舞台に上がった時には、2曲演奏するだけの時間しかありませんでした。
最初に「リンダリンダ」を演り、そして最後に選んだのが
「終わらない歌」でした。
これは本作品において、実に象徴的であります。

「終わらない歌を歌おう 全てのクソッタレの世界のため
終わらない歌を歌おう 全てのクズ共のために」

彼女たちの演奏シーンに、大雨の中、終わろうとしている文化祭の風景がインサートされていきます。

誰もいない学校の廊下。
誰もいない下駄箱置き場。
誰もいない校庭の隅。
誰もいないキャンプファイアーの積まれた薪。
誰もいないプール。
誰もいない教室。

再び講堂の演奏シーンに戻り、画面は暗転。
「エンドロール」が流れ、映画「リンダリンダリンダ」は終わっていくのでした。
こうして高校最後の、彼女たちの文化祭は終わります。


しかし、歌い続ける者がいる限り、
「学園祭は終わらない」のであります。



それでは「リンダリンダリンダ」から問題です。
これは、よほどの「リンダリンダリンダ」好きじゃないと判らない、と思いますけども。
解答は最後にあるリンク先を見て下さい。

1)本映画の舞台となる文化祭の正式名称は?

2)その文化祭に付けられたキャッチコピーは?

3)「前田亜季」演ずるドラムの「山田響子」。
彼女は3年何組?

4)そこの出し物は?

5)「関根史織」演ずるベースの「白河望」、「香椎由宇」演ずるギターの「立花恵」は同じクラスです。
それは3年何組?

6)では、そこの出し物は?

7)「ペ・ドゥナ」演ずるボーカルの「ソン・ミヘ」。
彼女は3年何組?

8)では彼女が社会科の「中山先生」に誘われ、無理矢理参加させられた出し物は?

9)1年留年していた軽音学部の先輩「山崎優子」演ずる「中島田花子」。
通称は「たかっちゃん」ですが、彼女は3年何組?

10)「湯川潮音」演ずる左手の中指を骨折したギターの「今村萌」。
彼女は3年何組?

11)「三村恭代」演ずる(恵と喧嘩した)軽音学部の副部長「丸山凛子」。
彼女は3年何組?

12)「ソン」「恵」「響子」「望」、「リンダリンダリンダ」におけるそれぞれの名セリフは?

解答篇はこちらへ
※3年生のクラスは7組まであります。
※映画本編とノベライズの設定から引きました。




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