SYU'S WORKSHOP
ESSAY VOL.158
東宝SF映画(7) 妖星ゴラス」
について

(2015年5月2日)


※最初に断っておきますが、今回はもの凄く長いエッセイです。

私の一番好きな「東宝SF映画」を決めるのは難しいのですが、あえて言います。
私は「妖星ゴラス」が好きなのでした。

昭和37年、1962年に作られた総天然色の「東宝スコープ(シネマスコープ。アスペクト比、2.35:1)」の私の愛する「我が良きSF映画」なのであります。



「小説1」

昭和54年12月。

昼過ぎから降り始めた雪が本降りになっている。温暖化が叫ばれる昨今、東京では珍しいことだった。
「メリークリスマス!メリークリスマス!」
賑わう銀座の街中で突然の大声に、園田智子と野村滝子は振り返った。
見ると厳つく角張ったロボットが手を振ってこちらに向かってくる。
まるで大昔のブリキ玩具のロボットだ。
「お知り合い?」
「まさか」
智子と滝子は顔を見合わせた。
「お二人とも銀座で歳末の買い物ですか?」

近づいたロボットは溶接ヘルメットのように顔面を持ち上げ、中に入っている人の顔を見せた。
宇宙省二等空尉の金井達麿である。
「あら?金井くん。宇宙省クビになったの?」
「違いますよ。休暇中です。友達に頼まれたバイトです。滝子さんみたく暇じゃないんですから」
滝子は映画女優ばりの目鼻立ちのはっきりした美人で、三代続く江戸っ子である。
性格もさっぱりとして男っぽい。
片や一方の智子は古風な顔立ちで、控えめだがしっかりとした大和撫子である。
智子と滝子、そして金井は幼稚園の頃から続く腐れ縁同士なのだ。
そして金井はだいぶ前から智子に友人以上の気持ちを抱いていた。

「友達だか何か知らないけど、宇宙パイロットが地上でロボットに入っている事ないじゃないの」
滝子が金井の顔を珍しそうなペットでも見るようにしげしげと見つめた。
金井は滝子を無視して智子に
「黒髭大佐のお戻りは来年夏でしたっけ?」と屈託なく訊いた。

黒髭大佐とは智子の父、園田雷蔵一等空佐のことで、面倒見の良い園田を部下たちは親しみを込めてそう呼んでいたのだ。
「帰還は8月末から9月初めだと仰ってましたわ」
園田一等空佐は「JX-1隼号」艇長として、外太陽系探査計画のため土星に向かっていたのだ。
「暑がりのおじさま、来年の夏は逃げ切ろうってわけね」
滝子がいたずらっ子っぽくクスリと笑った。

そうか。父は来年の私の誕生日に地球にはいないんだ。
細かい雪が降りしきる鉛色の空を見上げ、智子はふとそう思った。


「小説2」

広大な敷地に建つ東富士の富士山麓宇宙港は、十年前までは陸上自衛隊の演習地だった。
それが40年の陸海空の宇宙省への再編によって、今では宇宙省直轄の宇宙船基地となっていた。

宇宙省長官はスライド人事により、国家公安委員会 委員長だった村田実篤である。
背の低い小男であったが、その影響力は当時の政府には絶大であった。
裏には血生臭い内情があったのだが、それはまた別の話である。

その宇宙港から「JX-1隼号」が飛び立ったのが、昭和54年9月29日の夜20:00のことであった。

「JX-1隼号」は宇宙省の威信と11兆8000億の巨費をかけて建造された大型有人宇宙船である。
太陽系探査を目的とし日本初の核融合パルスエンジンを搭載している。
中央大口径の主エンジンと裾に広がる四つの尾翼端には補助エンジンと逆進エンジンを装備している。
機体前部には二つの緊急ブースターもある。
内部には近接観測のための小型シャトルが格納されている。

全長153メートルと巨大だが、その大半は核融合パルス推進システムで占められていた。
さらに残りの大部分が様々な観測機器で、世界に3台しかないモットリング集光分析器を積んでいることが、宇宙省長官 村田の自慢であった。

搭乗員は園田雷蔵一等空佐を筆頭に、21名の宇宙省所属の航空自衛隊と残る18名が民間の科学者や技術者たちで、総勢は39名。
その39名が全長153メートルの機体の中、わずか1/10のスペースに押し込められている。
それでも「本当はおまえらの1人2人減らしてでも、もっと観測機器を積み込みたかったんだ」が観測主任 大殿泰造のいつもの口癖であった。

「パロマのNEATが変なの見つけたんだって?」
「JX-1隼号」が火星軌道を過ぎた頃、船医の白井義忠が通信班の三浦達夫1等空曹に尋ねてきた。
パロマとはカルフォルニア州パロマ山にある天文台で、そこで考案された地球近傍小惑星追跡プログラムをNEATと呼んでいた。
地球近傍小惑星とは地球に接近する虞のある星のことで、NEATはその探査観測予測として開発されたのだ。
「いや、星かどうかまだ分からないらしいんですが」
「なんだいそりゃ?」
それがもし星だとすれば。
大きさは地球の3/4程度、なのに質量は地球の6000倍もあるという。
「そんなのが何処に現れたって言うんだい?」
「それが・・・分からないんです・・・」
「ますます、なんだそりゃ、だね」

翌日、それは顕著な重力異常と質量等の厳密な観測により黒色矮星と結論され、発見者パンゴラス・レイウッド教授の名を取ってゴラスと命名された。

園田艇長が副長の真鍋英夫3等空佐を私室に呼び打ち明けた。
「ゴラス観測要請が出た」
真鍋もゴラスのことは気に掛けていたが観測要請が出たとは。
「土星はどうするんです。土星の探査は」
「今アメリカの宇宙船が火星あたり、中国の宇宙船が金星、あと数隻が小惑星帯を航行中だ」
「ゴラスは冥王星より約36分の方向・・・」
「つまり我々の船が一番近いことになる」

「ゴラスって恒星なんだ」
「正確には黒色矮星というらしい。つまり太陽になれなかった星だ」
粒子生物の伊藤三珠と宇宙物理の梶沼芳樹が食堂でコーヒーを飲んでいる。
「ここのコーヒー、本物だって本当かね」
「つまり誕生した時の質量が小さいと、ま、小さいっても地球の6000倍もあるんだけど、輝くことが出来ずにコレに成るらしい」
「なんだ出来損ないか」
「立派すぎる出来損ないだよ」

ついに園田艇長の訓令放送があった。
「各員持ち場を離れずそのまま聞いて欲しい。本艇はただ今よりゴラス調査の新任務に就くことになった。質問がある者は後で私の元に来て欲しい。以上だ」

「まるで幽霊じゃないですか」
航海士の前島進士准空尉が呟いた。地球から伝えられたゴラス座標には何もないのだ。
「計算が合わない・・・。まさか見逃したのかな」
「再度、地上から観測データを取り寄せてみろ」
航海士長の細井省吾1等空尉が言った。

「JX-1隼号」が地球を立ってからすでに二ヶ月半、ついに重力観測儀が強烈な光を発し始めた。
土星軌道を越え、冥王星方向 太陽系外縁へ向かっていた時である。
「とうとう捕まえましたね」
真鍋副長が嬉しそうに球形モニターから目を上げ園田艇長を見た。
「いや。捕まったのは我々の方かも知れん」
「え?」
それが事実だと知るのは十日後のことであった。



いやあ、小説風にストーリィを潤色、私の妄想全開で書いていたら、思わず長くなってしまいました。
と言うワケで、本エッセイ「妖星ゴラス」の小説部分には、何ら資料性はありません。
あしからず、なのであります。
続けます。



「小説3」

いつも穏やかな園田艇長の顔が硬直し青ざめていた。
声にも緊迫感が漂っている。この数日間で20歳は老けたようだ。
「JX-1隼号」はゴラスの悪魔のような引力にじりじりと引き寄せられていた。
その結果は明らかであった。

「地球からの観測は誤っている。今、太陽系を攪乱するこの星の正体を突き止められるのは我々をおいて他にはない。最後まで観測を続け、その結果を地球に伝えるんだ」

そして二日後の正午、園田艇長が重々しく宣言した。
「我が隼号の任務はただ今をもって終了する」

しばらくは誰も何も言わなかった。
「ば、万歳!」。真鍋英夫がようやく声を絞り出した。
「万歳!」、大殿泰造が怒ったように言った。
「万歳!」、白井義忠が諦めたように言った。
「万歳!」、三浦達夫が泣くように言った。
「万歳!」、伊藤三珠がどこか面白そうに言った。
「万歳!」、梶沼芳樹が冷静に言った。
「万歳!」、前島進士が情けなさそうに言った。
「万歳!」、細井省吾が感極まって言った。
「JX-1隼号」39名の搭乗員の「万歳!」の声がゴラスに吸い込まれていく。
そして・・・。
ゴラスの表面で小さな爆発が起こった。

日本初の核融合パルスエンジンを搭載した「JX-1隼号」は、こうして世界発のゴラス観測者として、いやなにより、ゴラス最初の犠牲者として歴史に残ることになったのである。


「小説4」

田沢兼人は日本宇宙物理学会切っての新進気鋭の若き科学者である。
そう紹介される時、田沢は決まって「四十男が若手というのなら若手なんでしょう」と自嘲してみせる。

専門はロケット推進工学。「JX-1隼号」の核融合パルスエンジンの開発にも田沢が関わっていた。
学会会長 河野真一朗博士に学生時代師事し、両者の師弟関係は今でも続いていた。
「東京タワーだって動かしていいんなら飛ばせますよ」が学生時代の彼の口癖だった。

そして二人の生活は隼号遭難以降、180度まったく変わってしまっていた。
園田艇長以下39名が搭乗する「JX-1隼号」が太陽系外で黒色矮星ゴラスと接触、全員殉職したあの恐ろしい事故である。
「JX-1隼号」が最後まで地球に送り続けていたゴラスの詳細なデータは、全世界の宇宙物理学会に驚きを持って受けいられた。
その異常な重力波と異常な質量。何よりゴラスは太陽系に侵入しつつあり軌道はまっしぐらに地球に向かっていたのだ。

隼号遭難の翌年。
昭和55年、1980年1月23日付けの日本報道ニュースの第一面には衝撃的な文字が躍った。
「1982年2月に地球に衝突するゴラス」
「日本宇宙物理学会、緊急国連科学委員会を要請」

同日のデイリージャパンはもっと直接的な表現が使われていた。
「地球最後の日が来るか!」
「400万年に一度の偶然が起こった」

事故の後、田沢の口癖は「もう時間がない」に変わってしまった。
同年2月22日。ニューヨークの国連大会儀室にて第1回ゴラス対策科学委員会が開催された。
日本からの出席者は河野真一朗博士と田沢兼人博士両名であった。

「ゴラスは希有な猛スピードで移動する黒色矮星であります。
計算によれば1981年暮れには太陽系に入り、45日目に地球軌道に到達します。つまり1982年2月中頃には地球と交わります」
すでにゴラスが地球と衝突することは周知の事実ではあった。
が、こうして田沢から直接断言されると出席の科学者たち全員に激しい動揺が広がるのがわかった。

「ゴラスの軌道を変えるか、地球が逃げるか。
我々人類が救われる道はこの二つしかありません」
再びどよめきが起こる。
「地球が逃げる道を選ぶ場合、1982年の2月中旬までに今の地球軌道より40万キロの大移動を完了する必要があります」
これは本日初めて伝えられた衝撃の事実であった。
「そうしない限り、地球は取り返しの付かない大被害を被ることになります。私は・・・南極に大規模な核融合パルス推進機関の設置を提言いたします」
さすがに会場は大荒れとなった。

「要する推力は660億メガトン。加速度は1.10×10マイナス6乗G。地球を40万キロ移動するためには、約100日間は見積もらなければなりません。つまり、1981年の10月末か遅くとも11月初めには推進機関を完成させ、始動させなくてはならないのです。
もう我々には時間がないのです」
今度は全員が静まりかえった。

プレゼンテーションが終わった田沢に代わり、今度は河野が壇上に上がった。
「今日まで人類の科学は戦争によって発達したと言われております。しかし、そのために多くの人間が犠牲になったことも否めない事実であります。今こそ科学は破壊のためではなく、全人類を救うために全面的に利用されなければならない時であります。
我々科学委員会はあらゆる障害を乗り越えて、この目的のために努力すべきであると思うのであります」

科学者が皆、南極計画に賛同したわけではなかった。
一部の軍事産業に繋がっている科学者たちは、核ミサイルによるゴラス爆破を唱えたのだ。

昼前から始まった第1回ゴラス対策科学委員会が終わったのは翌日の朝方であった。
採択されたのは「AかB計画(Plan ANTARCTIC or BOMB)」。
つまり南極か爆弾か、両案を突き詰め可能性を探ろうということになったのだ。
「もう時間がないのに」
疲れ切った表情で河野と田沢は国連会場を後にした。



「特撮、南極計画」

こうしてゴラス衝突回避のため、地球を北極南極を軸に「ロケット化」するのでした。
自ら地球の軌道を変えるのです。

南極の海水を利用し、重水素及び三重水素から原子力エネルギーを作る。
南極点を中心に碁盤目状に縦横33本の線を引く。その交わった点は「1089本」。
その地上500メートルの高さに「ジェットパイプ」の噴射口を作る。

映画では単に「ジェットパイプ」と言っていますが、劇中、動力の説明に「それは水爆ではないですか!」と指摘されていますので、今風に解釈すれば「核融合パルス推進」なのでしょう。

噴射口だけの総面積は「600平方キロメートル」。
琵琶湖の面積が「約670平方キロメートル」ですから、それより一回り小さい。
もちろんそれが「噴射口の総面積」ですから、上の「1089本」の各点に散らばるのです。
つまり、一個の噴射口は「約550平方メートル」。これだけでもイベント会場の「大ホール」ぐらいの大きさなのです。


本作にはいくつもの素晴らしい特撮場面があるのですが、中でも「南極推進機関」建設シーンが白眉なのでした。
私は今までこれほど「壮大なミニチュア・ワーク」を観た事がありません。
まさに「SF少年」が子供の頃、夢に見たような大パノラマ、大スペクタクル・シーンなのです。

これは日本特撮史に残る最高傑作シーンだと思います。
いや、日本だけではなく古今東西、昔から今まで全部引っくるめた特撮の「ミニチュア・ワーク」で最高峰だと思うのです。

南氷洋を進む大輸送船団。
各国から集まってきた南極大陸へ向かう砕氷船団。
氷を砕き、力強く進む船首。
次々と接岸し建築資材を降ろしていく。
物資を輸送する大型ヘリコプターの大群。
臨時に設置された波止場。資材がベルトコンベアで内地へ内地へ運ばれていく。
まるで蟻の行列のように雪原を進む雪上車の群れ。
南極大陸を大きく変えていく大型整地作業車。
次々と到着する大量の資材。大量の物資。大量の技術者や建設作業員たち。
大クレーンで吊り上げられる巨大パイプや中パイプ。
計測機器を扱う建設作業員たち。
至る所で鉄骨が組上がり、巨大な噴射口が造られて行く。
鉄骨のあちこちで溶接の火花が飛び散る。
大雪原に広がる建設現場。南極計画。
パイプが繋がり、完成していく巨大噴射口。
軽快に雪上を走る小型作業車。
重厚に進む大型建設者。
高い鉄骨の上で溶接の火花が飛び散る。
火花!また火花!
急ピッチで進んでいく南極推進機関。
20世紀最後の人類の偉業。
活動始める各国の南極基地。
一際巨大な国連南極計画コントロールセンター。
天蓋ドームが開き中から現れるヘリポート。
手前から垂直離着陸機が飛来して来て着陸。
天蓋がゆっくりと閉じていく。

これらのカットが「2分半」のモンタージュで、音楽が「モーリス・ラヴェル」の「ボレロ」っぽく格好良い、展開していくのです。

このシークエンスが素晴らしいのは、
1)世界各国から資材が砕氷船で南極に運ばれ→2)陸揚げし→3)内地へ向かい→4)大規模な建設が始まり→5)各国の基地や国連センターが完成し→6)現場視察の垂直離着陸機が飛ぶ、ようになるまでの「南極計画」の全貌も「2分半」で見事に描写している事なのです。

よく特撮は「必要な所だけ最低限に動かせ」と教えますが、それは日本映画に潤沢な予算がなくなってから話です。
本作の特撮は「あまり必要がない」「ちょっと判りにくい」ところでも、細かく贅沢に動かしているのです。
画面奥では大型のヘリコプターが飛び、雪上ではベルトコンベアが資材を運び、大小の建設機械が動き、大クレーンがパイプを持ち上げ、画面手前では建設作業員が計測をしているのです。

一度観ただけでは勿体ないほど贅沢な特撮をしているのです。
そして、それが意味がないかと言えば、私は「意味がある」と思うのでした。
ああ「我が良きSF映画」が「妖星ゴラス」なのであります。

特技監督「円谷英二」は、東宝の第8ステージ(500坪で当時一番広いスタジオ)の「南極推進機関建設中」のミニチュア・セットを3週間近くかけて撮影したといいます。
あまりに大きなミニチュア・セットのため、「セット内ロケハン」をしたそうです。
ミニチュア・セットの中を「ロケハン」するなんて話、今ではまったく考えられない事なのです。

この「南極計画」建設は順調には進まず、途中様々な事故に見舞われます。
特に「33号バイプ辺り」では大きな落盤事故が起こるのです。
この落盤シーンも素晴らしい。
凄い大迫力で地下の工事現場が落石で埋まり、地上では大規模沈下により、数十台の雪上車、建設機械、施設ごと「地下に呑み込まれていく」のです。
下手なSF映画なら、このシーンだけで十分な見せ場になったでしょう。

いよいよ噴射口から炎を吹き出すくシーンも素晴らしい。
それに使用したプロパンボンベは「200本」あったと言います。
現場では当然、火気厳禁となり「タバコも吸えねえセットなんか作るな」とスタッフに嫌みを言われたそうです。

「地球大移動」が始まってからもアクシデントが起こります。
ジェットパイプの炎により南極の氷が溶けて、眠っていた古代の巨大生物・怪獣が目覚めるのです。
当時、東宝の「上からのお達し」で「怪獣が出てこないSF映画なんてヒットしない」と無理矢理ねじ込まされたのだそうです。
監督「本多猪四郎」によれば、「怪獣が出なけりゃ、この映画が一番好きな作品」なのだそうです。

それでも、「転んでも」東宝SF映画です。
怪獣退治のため垂直離着陸機のレーザーが上げる地走りの噴煙を、「三大怪獣 地球最大の決戦(1964)」の「キングギドラの光線」の2年前、見事に描いているのでした。

映画の終盤、地球各所が大潮に呑み込まれるのですが、南極も例外ではありませんでした。
ジェットパイプ噴射口が上げる炎に海水が押し寄せるのです。
この炎と水の戦いが凄まじいのでした。

ちなみに、地球大移動は太陽に向かい「40万キロ」動かします。
これは「それ以上動かすと、地球上の生命活動が不可能になる」という当時の科学考証があったからなのでした。


「特撮、実写の中のミニチュア」

「滝子」のマンションから見える風景や、南極基地から見えるジェットパイプの雪原を、本作ではミニチュア・ワークで再現しています。「セット内ミニチュア」なのです。

「書き割り」にするより画面に立体感が生まれるのです。
特にマンションの外には高架道路があり、そこを豆粒のような車を(これもミニチュア)走らせているのです。
ミニチュア・セットですから「渋滞の道路」にする事も、照明で「早朝」「昼」「夕焼け」「深夜」にする事も可能です。
夜には「ネオン広告」も光らせるのでした。

この「セット内ミニチュア」の利点はまだあります。
役者が芝居するセットとミニチュア・セットが同じ舞台にありますから、「パン・フォーカス」で撮影出来るのです。
また、カメラを自由に動かす事も出来るのです。

これも昔の「東宝SF映画」が得意としていた、私の好きな特撮なのでした。



「小説5」

遠藤晃司2等空佐は殉死した園田雷蔵一等空の防衛大の4年後輩にあたった。

温情派の園田が親しみを込め「黒髭大佐」と呼ばれていたのに対し、沈着冷静ともすれば冷徹非情な遠藤は「鉄仮面」と呼ばれていた。

それは彼の冷徹な性格はもちろん、5年前の海外実習中の忌まわしい事故で右耳を失い、補聴機能を組み込んだアルミニウム製の疑耳になっていることにも由来していた。
初めて遠藤と会った人は皆、彼の金属の右耳を見ると必ずギョッとするのだ。
「黒髭大佐」とは違いこの文字通りの「陰口」は、決して本人の前では言われることはなかった。

そんな遠藤が「JX-1隼号」の姉妹機「JX-2鳳号」の艇長に選ばれたのも、何かの運命だったのかも知れない。
「JX-2鳳号」は「JX-1隼号」と並行して建造された宇宙船で全く同じスペックを持っている。
この方法は二倍の予算がかかるのだが、宇宙船の場合、1号機2号機同時に建造されることが多い。
厳密なスケジュールで動く宇宙開発において急遽1号機に不備があった場合、即、2号機に代替するためである。

その「JX-2鳳号」に国連科学委員会から宇宙省に、ゴラス継続探査要請があったのは当然のことだった。
昭和55年3月14日の朝08:20。「JX-2鳳号」は富士山麓宇宙港から飛び立っていった。

「金井。ゴラスの重量は絶えず増加している。いいな、急に増加することもあり得るんだ。その時ボヤボヤしていると、隼号と同じ運命だぞ」
「了解」
「JX-2鳳号」機体前部に格納されている小型シャトルに、宇宙服を着て乗り込んだ金井達麿二等空尉がマイクに応えた。
スピーカーから聞こえてくるのは遠藤艇長の声だ。いつにも増して神経質になっているな、と金井は思った。
彼はこれからゴラス近接観測のため「JX-2鳳号」から出発するのだ。
「まだ了解じゃない。重力計から目を離すな。危ないと思ったら直ちに脱出するんだ」
「了解」
「まだ了解じゃない。ゴラス爆破計画にとって、そのカプセルは貴重な物だ。せっかくデータを取っても帰投しない場合は何にもならないぞ」
「艇長。自分の命も大事であります」
「了解」

コンソールにある全ての計器の針が狂ったように回っていた。
周囲の星が皆、ゴラスに吸い込まれていく。
ゴラスの表面は悪魔の血が煮えたぎるように渦巻いている。
発光、また発光。
「金井2尉!聞こえるか、金井2尉!」
朦朧とする意識の中で金井は遠藤艇長の声を聞いた。
なんだか艇長、今日は興奮しているみたいだな。遠のいていく意識の中でボンヤリと思う。
「金井!レバーを引け!緊急レバーを引け!」
今度は斎木俊郎3等空佐、副長の声だ。
金井がレバーを引くのと意識が途切れるのは同時であった。

次に気がついた時、金井は見慣れぬ白い天井を見つめていた。
「金井!金井!気がついたか!金井!」
痩せてひょうきんな顔の男と、がっしりした体格の男がこちらを見ている。
どうやら自分はベットに寝かされているらしい。俺は金井って言うのか。何も思い出せない。何の感情も沸いてこない。
まるで自分がロボットになったみたいだ。
「金井?俺たちが判らないのか!おい金井!」
「記憶喪失・・・。金井は深淵を見たんだ。『深淵を見る者は自ら深淵にならぬよう・・・』」
「?」
「ニーチェだよ」

それから2時間後。
南極推進機関コントロールセンターの田沢のところへ、宇宙省経由で「JX-2鳳号」の報告が届いた。
「ゴラスは太陽系外縁天体を巻き込み吸収成長中。質量はすでに地球の6200倍。もはや爆破は不可能」
貪欲に星を喰らい地球に向かって進むゴラス。
田沢は額の汗を拭い、いつものセリフを呟いた。
「もう時間がない」



「特撮、ロケット」

本作では「JX-1隼号」「JX-2鳳号」というロケットが登場します。
その流線型ロケットのデザインが素晴らしいのです。
私のような古いSF好きには、「流線型」は「未来」であり「希望」なのです。
「流線型」は「我が良きSF」なのです。

このロケットの噴射炎が「アニメ作画」で合成されていて、その青白く伸びる炎が素晴らしいのです。

大昔のSF映画のロケットは「ミニチュアにボンベを仕込んで実際に炎を出す特撮が定番でした。
しかし、「アニメ作画合成」は、風で炎が揺らいだり、炎先が変な方向にねじ曲がったり、煙が出る事もなく、綺麗な噴射炎を再現出来るのでした。
また、「炎の長さ」も自由で、本作でもロケットの半分ぐらい長い「迫力ある炎」を見せてくれました。
時々、「姿勢制御」でロケット本体から出す炎も格好良かったのです。

大昔の海外SF映画を観ると、「少しブルーがかったメタリック質感」(宇宙水爆戦(1955)や禁断の惑星(1956))が良いのですが、「東宝SF映画」の場合、フィルムの特性なのか、「少しグリーンがかったグレイ(メタリック)」で、それが実に美しいのです。

「JX-1隼号」「JX-2鳳号」が飛び立つ「宇宙港」のミニチュア・セットも素晴らしい。
これもかなり大きなミニチュア・セットで、そこを小さな作業車が動いているのはもはや当然の事。

前の「南極計画建設」でも「鉄骨」や「クレーン」等、ホレボレするような「トラス形状」が出て来ましたが、宇宙港の「発射台」の「トラス形状」も精密感があり、とても素晴らしいのでした。

これは鉄板をハンダ付けで造っていて、当時の「東宝SF映画」の得意技、素晴らしい職人芸なのでした。
「ロケット発射台」や「巨大レーダー」や「巨大パラボラ」など、「東宝SF映画」は「トラス・フェチ」にも堪らないのでした。


本エッセイで、乗組員を「○○1等空佐」だの「○○3等空尉」だの航空自衛隊の階級で呼んだのは私の妄想です。
理由はその方が格好良いからですが、昔の「東宝SF映画」にはそんな匂いを感じます。
規律があり訓練されたプロフェッショナル集団や組織が「東宝SF映画」には似合っているのです。

「東宝SF映画」には「自衛隊」がよく登場します。
怪獣に対抗するプロ集団として「自衛隊」が必要だったのでしょうが、監督「本多猪四郎」が軍隊経験者だった事と無縁でないはずです。当時のスタッフにも多くの軍隊経験者がいた時代です。

だらかこそ、本作の「JX-1隼号」が地球に送る貴重なデータを取るため、ゴラスに近づきすぎ、それが徒となり、引力に捕らえられ自滅していく、最後、全員が「万歳!」を叫ぶ場面に説得力があるのでしょう。

自分の任務を全うし、他者のために自己犠牲もいとわない。
男たちの勇ましさ、潔さ、儚さ、悲壮感にいつも私は泣いてしまうのです。

「東宝SF映画」は戦争経験者の作ったSF映画と言えるかも知れません。
戦争の虚しさと悲惨・悲壮さを知ってるからこそ、科学を信じ、科学に未来や希望を見ていたのだと思うのです。



「小説6」

そして昭和56年、1981年11月4日水曜日がきた。

園田家一同が東京郊外にある驕奢な大邸宅の居間に集まっていた。
主の園田謙介は帝大の古生物学の名誉教授で、学生たちや他の職員たちに愛される好々爺であった。
長男の園田雷蔵は宇宙省所属の一等空佐であったが、一昨年のゴラス調査で殉職し、嫁初恵も10年前に悪性腫瘍で亡くなっている。
園田博士は父母をなくし、残された孫の智子と速男と共に暮らしていた。
「速男、そろそろトキさんを呼んできなさい。放送始まるぞ」
協定世界時00時を以って、遂に南極推進計画が発動される。
南極点は12時、日本では朝の09時に当たっていた。

絹田トキは園田家に奉公している今年76歳の老家政婦である。
来年3月に目出度く喜寿を迎える。
園田家に奉公したのはトキが16の時だというから園田博士が10歳、博士の父保則が生きていた頃の話である。

園田家の居間には17インチの大型ブラウン管テレビジョンが置かれている。
両脇に木目の観音扉のある家具調造りのテレビジョンは、まるで自分がこの家の主だと言わんばかりに堂々とした物だった。
その一番手前に園田博士、後ろに孫の智子と速男、智子の友人 野村滝子が座っている。
滝子は智子が「麻布のマンションで一人で見るぐらいならウチにいらっしゃい」と無理矢理引っ張り出したのだ。
そして、その集団のさらに後ろに大きな眼鏡をかけた絹田トキが一人ぽつんと座っていた。
「トキちゃん、もっと前に座れば」
速男が生まれた時、トキは既に60前の高齢だった。
それでも速男は生まれて初めて喋った言葉が「トキたん」だった。若い頃に母を亡くした速男にとって、トキは母親がわりだったのだ。
「速坊ちゃん、トキはここで充分です」
トキは速男の事を「速坊ちゃん」といつも呼ぶ。

テレビジョンで南極推進機関の始動開始を伝える緊急番組が始まった。これは世界各国1800の放送局で中継され、全世界45億の人間が見守っていた。
「セクション01から10、退避確認」
「了解」
「セクション11から20、退避確認」
「了解」
各区域から報告が続いていく。
南極推進機関建設は昭和55年4月から始まり、最近の昭和56年10月まで19ヶ月間続いていた。
最盛期には科学者、技師、現場作業員で2000万の人間が南極に集まっていた。
今ではコントロールセンターに5000人の科学者と技術者を残すのみである。

「120秒前」
南極推進機関コントロールセンター、通称南極センターは内部が4階ぶち抜きの巨大な建物で、所狭しに様々な制御装置や観測機器が並んでいる。
制御卓に着くオペレーターだけでも優に2000人を越している。
さらに各国の科学者たちがモニターを監視し、忙しく指示を出していた。
中央フロアには「east」「west」「south」「north」と書かれた四つの巨大パネルが設置されていた。
パネルにはそれぞれに「272個」の電飾が埋め込まれ、それが南極大陸に広がる核融合パルス推進エンジンの動作状態を示していた。

テレビジョンでは番組進行の池谷三郎アナウンサーが映っていた。
「すでに秒読みが始まっております。推力660億メガトンのジェットパイプが一斉に火柱を上げると共に、果たして地球が動き始めるかどうか」
南極センターに併設された特別スタジオに池谷がいて、他にコントロールセンターの制御室、観測室、司令塔、南極ジェットパイプ周辺、世界各国の主要都市、遠く離れた地球・月間に浮かぶ動力圏外観測宇宙ステーションと、同時多元中継で番組は進んでいく。

「60秒前」
南極センターの地下500メートルには最悪の場合に備え、核爆発にも耐える1000名収容可能なシェルターが用意されていた。
しかし、その最悪の場合を説明しようとする者は誰一人居なかった。

「また、その加速度はどうか?地球の命運をかけ、人類の希望を繋ぐ一瞬は刻々と迫っています」
南極大陸の地平まで続くジェットパイプ噴射口が映し出される。
中継カメラはコントロールセンターと南極大陸合わせ95台スタンバイされていた。
その壮大な光景に園田家の人々は息を呑んだ。

「全世界の人々、月や火星に派遣されている人々もゴラス観測から帰りつつ、宇宙船の乗組員も祈りを込めて、この秒を刻む音に耳を傾けているでしょう」
南極圏上空は2週間前から全面飛行禁止となっていた。
しかし本日は特別に国連所属の垂直離着陸機による数分の空撮が許可されていた。
高度7000メートルから見た南極の1089個の核融合パルス推進の噴射口は、皮肉なことに神々の視点から見た蟻の住居のようであった。

「20秒前。重水素冷却状態、異常なし」
コントロールセンターの制御室に並ぶ計器を、数十人のオペレータたちが慌ただしく操作している。

「中性子、加速開始」
センター指令塔をカメラがゆっくりとパンしていく。
その中に田沢兼人の姿を見つけ、滝子と速男が小さく声を上げた。二人は以前、田沢に招待され建設中の南極センターを訪れたことがあったのだ。

「緩速剤、異常なし」
1089個のゲート弁メータに付く電飾が緑色に輝いている。
「臨界量構成」
六つの大きな円形ゲージが左端から順々に緑色に変わっていき、最後全てが緑色となった。
「10秒前。9。8。7。6。5。4。」
巨大パネルの1088個の電飾が順繰りに緑色に点灯していき、
「3。2。1。」
最後に残った中央の大きな電飾も緑色に点灯した。

「ファイアー」
次の瞬間、1089個全ての電飾が緑色から目映い白色に変わった。
コントロールセンター全体に静かな響めきが起こった。
南極のジェットパイプ噴射口から一斉に火柱が吹き上がったのだ。

それは恐ろしい光景だった。
まるで全てを業火で焼き尽くす灼熱地獄のようであった。
しかし、それは美しい光景でもあった。
1089個の巨大噴射口から吹き上がる炎は300メートルの高さまで及び、まるで巨人たちの炎の回廊のように見えた。

宇宙ステーションからの中継が入った。
「こちら動力圏外観測本部。成功です!加速度1.10×10マイナス6乗Gで地球は動き出しました!」
画面は船外撮影の美しい地球に切り替わった。
南極大陸の南極点を中心に、大きく発光しているのが分かった。
「この南極の火はゴラスから地球が影響を受けぬ40万キロ離れるまで、今後100日間続くことになるのです!」
もちろん直径1万2700キロメートルの地球からすれば、一時間に僅か167キロの移動は肉眼では確認出来ない。しかし南極の火は確実にそれを実感させてくれた。
トキは95で亡くなるまで、この時、地球が大きく軋む音を聴いたと何度も繰り返すのだった。

再び映像は南極大陸に戻った。
「大成功!大成功です!」
いつも冷静で知られる特別スタジオの池谷三郎アナウンサーが珍しく興奮していた。
「南極計画の第一歩は大成功です!」
池谷の手元にフロア・ディレクターから次々と新しい原稿が渡されていく。
「人類は自らの意志と力で地球を動かしているのです!」
事前に撮影した映像なのだろう何かを見つめるペンギンの群れが映った。その映像から1089個のジェットパイプの噴射炎へとオーバーラップしていった。
「人類の叡智が、この歴史始まって以来の大偉業を成し遂げたのであります!今日の事はみなさんのご家庭でぜひ、ぜひとも子孫末裔まで語り続けてください!」

「速坊ちゃん、速坊ちゃん」
トキが心配そうに速男の後ろから、彼の肩に手を置いた。
「トキちゃん、大丈夫だよ。上手くいくよ」
速男が優しくトキの手に触れた。
「田沢君や世界中の立派な先生たちが、何度も何度も計算したんだ。心配はいらないよ」
園田謙介がテレビジョンから目を離してトキを見た。
「おトキさん。おじいさまや速男の言う通りですわ。今日から100日間、あの炎を絶やさない限り地球はゴラスから逃げることができるのですわ」
智子もまるで小さな子供を諭すように言った。
「そうね。人間が火を使うようになって50万年経つと言われているわ。火は私たちに文明をもたらしたかも知れないけれど、大きな災厄ももたらした。今日のこの火は、私たちが初めて地球のために使う記念すべき火なんだわ」
滝子までも感傷的になっていた。
皆の言葉を聴き、少し躊躇いがちにトキが言った。
「でも南極があんなに炎だらけになったら」
テレビションはジェットパイプから吹き上げる巨大な炎を映し続けている。
「ペンギンが可哀想」

「え」
居間にいたトキ以外の全員が思わず声を上げた。



「特撮、天変地異」

本作の構成で素晴らしいのは、「南極推進機関」が動き出した後、つまり地球大移動の後に、最大の「天変地異」が起こる事だと思います。

まず、土星の輪がゴラスに吸収されてしまいます。これは単なるアニメーションで、少し拍子抜けでした。
次に夜空の雲がゴラスに引き寄せられます。

人々が避難した後なのか、誰もいなくなったオフィス街に突風が吹き荒れます。
一匹残った犬が不安そうに夜空を見上げています。
これは度々「樋口真嗣」がパクって、あ、いや、オマージュしているヤツです。

そして遂に月がゴラスに吸い込まれてしまいます。
当時、科学考証した東大の教授に「月が引っ張られるとなると地球もタダではすまない。この点はくれぐれも説明しておいて下さい」と何度も念押しされたそうです。

こうして、最大の「天変地異」が起こるのでした。
描写が日本、特に東京に偏っているのはしょうが無いのかも知れません。今なら世界各地の異変を描いたでしょう。
しかし、東京メインにしたゆえ、濃い描写が出来たように思います。時刻も深夜(ゴラス再接近は0時)としたのも良かったと思います。

まず、海岸線を走る列車に高潮が襲いかかります。その波は止まる事なく、次から次へと押し寄せて来るのです。この止まる事のない大波に「異常事態」がよく表現されていました。

日本各地も高潮に呑まれて、ついに東京にやって来ます。
勝ちどき橋を、有楽町を、東京駅を、次々と高潮が襲いかかります。時々、稲妻があたりを照らし出します。
丸の内を濁流が襲うシーンでは、どこから流されてきたのか巨大タンカーがビルの壁面に激突していきます。
こういう「異常事態」の演出がとても素晴らしいのです。

本作の「天変地異」は「世界の終末」を感じさせてくれます。
大潮だけではなく大陥没も起こります。
山は轟きを上げ崩れ落ち、富士の宇宙港も「まったく惜しげもなく」大地に呑み込まれていくのです。
「東宝SF映画」はこの「まったく惜しげもなく」、濁流に呑まれたり、大陥没したり、大爆破したり、炎上するところが私は大好きなのです。


「妖星ゴラス」の最後は、東京タワーの展望室から主人公たちが水没した都市を見ているシーンで終わります。
ゴラス衝突は免れたモノの、地球に与えられた被害は甚大なモノでした。

この最後の場面、水没した街は「利根川」で撮影されたそうです。
東宝が今まで造った「ミニチュア建物」を集め、川に沈め撮影したのだそうです。
川の流れが「海水が引いていく感じ」に見えるが素晴らしい。
「水平線」が見えるカットは合成なのでしょう。

この時の撮影風景写真を見ると、「よくこれだけ広い場所にミニチュアを置いて、撮影したモンなあ」と感心します。
こんな大掛かりな撮影、もう日本映画では二度と出来ないのでしょう。
良い時代が「日本映画」にも確実にあったのです。


最後にミニチュアを使った「東宝SF映画」について、少し書きます。

「1960年代」は日本映画の、主に「東宝SF映画」ですが、一番脂が乗っていた時代だと思います。
数々の傑作・名作が誕生しているのです。
当時の「ミニチュア・セット」を見るとため息が漏れてきます。
みな巨大でよく出来ているのです。
しかし、中には「でもミニチュアでしょ。いかにも造り物めいてて嫌い」と言う人もいます。

もちろん、「ミニチュア特撮」は実写では撮影不可能な事をするための生まれた技術です。
ですから「リアル」に見えるのが良いのはもちろんです。

ですが、私はその「ミニチュア」が「ミニチュア」「造り物」に見えたとしても、「演出や発想」が素晴らしければ、充分「凄いなあ」と思うのです。

「ミニチュア特撮」を見て「しょせんミニチュアじゃん」と貶す人は、竜安寺の石庭を見て悠久の山河を観る事が出来ない人だと思います。
細かく丁寧な「箱庭」を見ても、自然や人々の営みを感じられない寂しい人だと思います。
良く出来た「ジオラマ」を見ても、そこに楽しさを感じない空想力のない人だと思うのです。

確かに最近のSFX、VFX、CGIは、リアルに良く出来ています。
それはそれで良いのですが、よおく考えて見ると「結局、絵を、動くリアルな絵を見ているんだ」と気づかされるのです。

昔の素晴らしい「ミニチュア特撮」には、もちろん出来の悪い「ミニチュア特撮」も多かったですが、今のVFXやCGIにはない「重さ」や「質量」を感じられるのです。
そして、SF映画に必要なのは「リアルさ」よりも、「発想の素晴らしさ」や「センス・オブ・ワンダー」だと私は思うのです。



太陽系外からやって来た惑星が地球と衝突する話は、SF映画の定番の一つであります。
宇宙人侵略等と並び、「人類滅亡へのシナリオ」の魅力的なテーマでしょう。

「地球最後の日(1951)」は古典的SF映画の傑作です。
「ザイラ」と「ベラス」という二重惑星がやって来て、箱船を模した「アーク号」で地球から脱出する話です。
山に引かれた長いレールを滑走し、宇宙に飛び立つ流線型のロケットの格好良さは、今でも忘れる事が出来ないのです。

70年代、パニック映画ブームの時に作られたのが「メテオ(1979)」でした。
火星と木星の間にある「小惑星帯(アステロイドベルト)」に彗星がぶつかり、大小の破片が地球に降り注ぐのです。
主演は「ショーン・コネリー」で、アメリカ大統領は「ヘンリー・フォンダ」。日本で言えば「山村総」か「丹波哲朗」か、「ヘンリー・フォンダ」は。
これをアメリカとソ連が協力し、衛星装備の「核ミサイル」で撃破しようとするのでした。

20世紀の終わりに、二つのSF映画が作られました。
「ディープ・インパクト(1998)」と「アルマゲドン(1998)」です。
「ディープ・インパクト」は、プロデューサー「スピルバーグ」が「地球最後の日」のリメイクを作ろうとして企画されました。
やって来る巨大な彗星に宇宙船で先回りして、穴を掘って核爆弾を埋め爆破しようとする話でした。

同じ様な展開をするのが「アルマゲドン」です。
テキサス州ほどの巨大な小惑星がやって来るのです。
変わっているのは「採掘のプロ」を小惑星に送り込む事でしょう。
本作はNASAの協力や、主演の「ブルース・ウィリス」、エアロスミスのヒットした主題歌等で、「ディープ・インパクト」よりヒットしました。

「地球に惑星・彗星・隕石が衝突するSF物語」の多くは、結局、核爆弾で惑星・彗星・隕石を吹き飛ばそうとします。

「襲いかかってきた悪者には暴力で抵抗する」のです。
いかにもアメリカ・ハリウッドが考えそうな事で、彼らの「作劇論理」に適っているのでしょう。

「妖星ゴラス」はその点違います。
核ミサイルや核爆弾でぶっ飛ばすのではなく「逃げる」のです。
私はこれがいかにも「日本のSF映画らしい」と思うのです。

「地球を移動させるなんてバカバカしい」と言う人もいますが、私は「妖星ゴラス」は「東宝SF映画」の中でも、良く出来た脚本だと思っています。
「バカバカしい」のではなく「奇想天外」なのです。
「荒唐無稽」ではなく「センス・オブ・ワンダー」なのです。

大昔、SFプロパーの「野田昌宏」が「SFは絵だ」という有名なセリフを残しました。
そう「SF映画」は「奇想天外」「センス・オブ・ワンダー」が命なのです。
そして「妖星ゴラス」こそ、その冠に相応しいと思うのでした。



「妖星ゴラス」、監督は「本多猪四郎」、特技監督は「円谷英二」の名コンビです。

原案は「丘美丈二郎」、脚本は「木村武」です。
「丘美」は他にも「地球防衛軍 (1957)」「宇宙大戦争 (1959)」「宇宙大怪獣ドゴラ (1964)」の原作を、「木村」は「空の大怪獣ラドン(1956)」「地球防衛軍(1957)」「美女と液体人間(1958)」「ガス人間第一号(1960)」「世界大戦争(1961)」「マタンゴ(1963)」「フランケンシュタイン対地底怪獣(1965)」「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ(1966)」の脚本を手がけています。

なんだ。私の好きな「東宝SF映画」ばっかりじゃないか。

「妖星ゴラス」は主人公が決まった一人ではなく、「黒色矮星ゴラス」に対峙する様々な人を描いた「群像劇」になっている点も、私が大好きな理由の一つなのでありました。

ドラマ部分は1961年(昭和36年)12月から翌年1月まで、特撮部分は12月から翌年2月まで撮影していたと言います。
こんなタイトなスケジュールで、1962年3月21日には公開していたのですから、当時のドタバタぶりが目に見えるようです。

それでも、これだけの大傑作が出来上がったのですから、当時の東宝映画人の優れた技術力を感じさせるのです
凄いなあ。


「世界大戦争(1961)」と「妖星ゴラス(1962)」と「日本沈没(1973)」。
この三作は私の大好きな「東宝SF映画」で、これを私は「終末三部作」と呼んでいます。
「破滅三部作」「破局三部作」「滅び三部作」「壊滅三部作」「崩壊三部作」「カタストロフィ三部作」、どれでも良いのですが、私はこの「東宝SF映画」が大好きなのです。

形あるものは壊れるのが道理。
ましてや、巨大な建造物が崩壊するのに、私は昔から魅力されるのです。
高く天に伸びた塔は、いつか崩れなければならない。

小学校に入る前、子供の私はビルを壊す怪獣になりたいと思っていました。
小学校に上がってからは、そんなミニチュアを作る人になりたいと思っていました。
残念な事に、そのどちらも実現しませんでしたが・・・。

以前「世界大戦争」はエッセイに書いたので、いつか「日本沈没」を書きたいと思っています。
でも、結構体力が必要なので、一体いつになるやら・・・。

・・・あっ。
「ノストラダムスの大予言(1974)」入れるのを忘れてた!



「小説7 エンディング」

斎木は今でも思い出す。

宇宙省長官 遠藤晃司が「JX-2鳳号」艇長だった頃の話だ。
国連科学委員会のゴラス追調要請を受け、斎木は副長として同船に搭乗していた。

「南極の火」が付く前、太陽系は各国の宇宙船や観測ステーションで溢れかえっていた。ゴラス調査任務の為である。
遠藤と斎木は窓の外のフランスやポルトガル、チェコの観測ステーションを眺めていた。
「頼もしいじゃないか。各国の宇宙ステーションが総動員されてるんだ」
そう言う艇長に斎木はこう返した。
「ゴラス発見した時にこれでなくちゃいけなかったんです。そうすりゃ隼号も助かってたんです」
艇長が見たことのない穏やかな表情でこう言った。
「それは言わないこと。人類の為とは言っても、白人、黒人、黄色いのも集まってる国連だ。面子も欲も捨てて協力するには手間暇かかるさ」
斎木は遠藤のその慈愛に満ちた微笑みを、あれから17年経った今でも忘れることが出来ないのだった。

平成11年、1999年8月24日。
こうして「PX-1蓬莱号」艇長斎木俊郎1等空佐は、船外に見える「北極の火」が次第に弱まり、地球が元の軌道に戻ったことを見届けたのであった。


                 おわり



私は単なるSF好きの文系ですので、理系ネタには不案内。

少し勉強して小説部分は書いてみたのですが、「あまりにも勘違い」な科学記述がありましたら、ぜひともご教授下さいませ。

「妖星ゴラス」には劇中に「日付問題」が存在しています。
興味のある方は別エッセイ「妖星ゴラスの日付問題」も読んでみて下さいね。
※小説部分は禁無断転載転用。
(20240610修正)




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